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 あっという間の年の瀬
 今年足を運んだライブをつらつら上げてみますと、4月武道館、テデスキ・トラックス・バンド。同じく4月オーチャードホール、ボブ・ディラン。5月新木場スタジオ・コースト、ニューオーダー。10月国際フォーラム、吉田拓郎。そして今週日曜観てきたばっかりの豊洲PIT、アラバマ・シェイクスといったところ。
 並べてみると、あいかわらず脈絡があるようでない雑多なラインナップでありますが、店主にはどれも心に残るいいライブばかりでありました。
 今年おもしろかったのは、これら生ライブにまさるとも劣らない衝撃を受けた音楽体験が他にもあったこと。
 今夜のアルック座は、店主にそれをもたらしてくれたドキュメンタリー映画「ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK -The Touring Years」であります。

 ビートルズほど音源、映像、書籍その他の膨大なアーカイブが存在するバンドは類い稀でありましょう。
 当然のことながら、熱狂的マニアになればなるほど彼らの目新しい情報に触れる機会はほぼない状況に陥ってる?と思われます。
 ところが本作においては、1963年から始まる15か国90都市166公演に及ぶワールドツアーに焦点をあてたものであるがために、各国に散らばって埋もれていたかなりの数のライブや記者会見の映像の掘り起こし作業が進められ、それらと大半を占めるのですが既知の映像が編集の妙というやつで、史上最強バンドのツアー絵巻として見事に紡がれておるのです。
 硬直、凝視状態の店主。
 田舎の映画館の3本立てビートルズ祭りにおいて、中学生だった店主が「動くビートルズ」を初めて目にした大興奮が感涙とともに蘇ったのは言うまでもないのですが、モニターなしで慣行された世界初の野球場コンサートを極めつけに、このツアーの実像が演る方も観る方も予想がつかない無謀なライブ興行の連続だったということもまた悲しいかな伝わってきます。
 おふざけで演奏のフリと口パクで通したときに誰にも気づかれなかったという逸話が残っているほど、すさまじかった女の子たちの嬌声。
 いつの間にか「見世物」化していた自分たちに演奏のモチベーションも徐々に低下していき、1966年8月29日のサンフランシスコ、キャンドルスティック・パークでの公演を最後に彼らが観客の前に立つことは二度とありませんでした。

 「この映画の狙いの1つは、ビートルズのライブを生で観るチャンスに恵まれなかった世代に、それがどのようなものだったかを伝えることだ。(公式パンフレットより)」
 まさしく、音も映像もリマスタリングされて磨き上げられたた大画面上のライブシーンは、映画という媒体を通して観ていることをつい忘れてしまうほど瑞々しく艶やかに迫ってまいります。
 音楽史におけるビートルズへの最高評価が定まってずいぶん久しいと思いますが、振り返ってみれば、コンサートツアーの中止以降に「レコーディングバンド」として生み出した傑作アルバムがどれも鮮烈すぎて、ともすれば「ライブバンド」であった頃のビートルズの印象の方はというと、古めかしいモノクローム映像の世界に置き去りにされたままになっていたのかもしれません。
 「俺たちの最高傑作は結局レコーディングされずに終わってしまった。ストレートなロックをプレイしていた頃の俺たちの生み出すサウンドは本当に素晴らしかった。イギリスじゃあ、誰も俺たちに及ばなかった。」
 渋谷陽一さんがラジオで紹介していたライブ活動をしていた頃のビートルズを評したジョン・レノンの言葉です。
 とにかく生きがよくて、パンキーで、ときにはかなり黒っぽい音を出していた「凄腕ライブバンド、ザ・ビートルズ」を2016年の今、最高のかたちで呼び覚ましてくれた「EIGHT DAYS A WEEK -The Touring Years」。
 ジョンがもし生きていてこの映画を観たら少しは溜飲を下げられたのかもしれません。

 いつものように夜7時くらいからスタート。
 お楽しみに。

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 ”好きな映画がロードショー公開された月日に合わせて鑑賞することで当時の季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「アリスの恋」。
 42年前の本日1974年12月9日(米)に公開されました。

娘時代には歌手を目指したアリスも、すでに35歳。粗野な夫に頼りきり、こましゃくれた小学生の息子トミーと平凡な生活を送っている。しかし、夫の事故死をきっかけに、アリスは再び歌手を目指すことを決心し、トミーを連れて故郷モンタレーを目指し旅立った。

オンボロ車での長距離移動ではたちまち金が底をつき、途中の町で職を探すアリス。歌手と名乗ってバーを回るが働き口は見つからない。ようやく雇われたバーで言い寄る男とすぐに懇意になるアリス。だが、この男はドメスティック・バイオレンスで妻をいたぶる危険人物だった。

トミーと共に町から逃げ出し、男に頼る自分の性格を反省するアリス。次に立ち寄った町ではウエイトレスの仕事しか見つからなかった。店の常連で離婚歴のある牧場主デヴィッドはアリスに好意を抱き、息子のトミーにも優しく接してくれた。しかし、男には頼るまいと心に決めたアリスはなかなかデヴィッドと打ち解けられない。(ウィキペディアより)


 店主がまだ田舎にいた高校生の頃、「アリスの恋」の吹替え版録画を何度も繰り返し視ていた記憶があります。

 本作のどこが、青臭い高校生の拙い琴線に触れたのかよく覚えておりませんが、店主にとっては思入れのある映画であるのは間違いないのです。

 

 アルック座で観直すにあたって、本作が公開された時代背景を少々探ってみますと、1960年代後半から米国で巻き起こった「男女は社会的には対等・平等であって、性別による差別や区別の壁を取り払うべきだ」というウーマン・リブ運動がキーワードとして浮き上がってきます。

 映画の公開が1974年。その後1979年になって国連総会で女子差別撤廃条約が採択されます。(ちなみに日本では、1970年に第一回ウーマンリブ大会が開催。1974年に男女雇用機会均等法制定。)ヒラリー・クリントンが先の大統領選で、その椅子にあと一歩のところまで迫ったのも記憶に新しいですが、本作が「女性の自立を描いた女性のための映画」の先駆けといわれる所以もこうした時代の流れがあったからであります。

  

 ともあれ「アリスの恋」は、号泣必須の感動作といういうものではないのですが、人が心の底で日常に求める温もりのようなものを再認識させてくれる作品に仕上がってると思います。

 監督は、今や名匠の域のマーティン・スコセッシ。当時「タクシー・ドライバー」を撮る前の32歳の新鋭でした。 

 シンプルなストーリーながら、ジョン・カサヴェテスを意識したという俳優陣から解放された演技を引き出すその演出は、人として及第点はもらえそうもない登場人物たちの愛さざるを得ない「生」を浮き立たせております。

 アリスと生意気盛りのその息子トミーとの会話のやりとり、ようやく職につけた戦場のようなレストランで繰り広げられる先輩ウエイトレスたちや店主との言葉の攻防戦は見ものです。


 さて、アリスは今度こそ自立した女として生きていくきっかけを掴めたのでしょうか?

 それは本作を観てのご判断を。

 ちなみにですが、アリス・ハイアットを演じたエレン・バースティンは本作で見事アカデミー主演女優賞を射止めました。


 いつものように夜7時くらいからスタート。

 お楽しみに。


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