人気ブログランキング |

カテゴリ:金曜アルック座( 90 )

 ”好きな映画がロードショー公開された月日に合わせて鑑賞することで当時の季節感を追体験してみたい”シリーズ!

 というわけで、今夜のアルック座は、「フィールド・オブ・ドリームス」。

 30年前の1989年4月21日に公開されました。


 1910年代のアメリカメジャーリーグに、ジョー・ジャクソンという選手がおりました。
 生涯打率.356という強打者であり、アメリカ野球殿堂入りの第一号選手タイ・カップに「彼のグローブの中で三塁打は死ぬ」とまで言わしめた堅守の名レフトでもあった選手です。
 殿堂入りも確実だった彼の人生の歯車が狂ったのは1920年32歳のとき。
 1919年のワールドシリーズでの八百長事件に関わったとして、メジャーリーグから永久追放されてしまいます。
 
 今だに復権運動が根強く続いているというこの悲運のヒーローには異名があります。

 それは、マイナーリーグ時代に、しっくりこないスパイクを履いていて足にマメができたため、裸足でプレーを続けたという彼のエピソードからつけられました。
 そう、映画「フィールド・オブ・ドリームス」で、主人公レイがトウモロコシ畑のなかに造った野球場に忽然と現れるあの幽霊?野球選手が、まさしく”シューレス”ジョーその人という設定なのです。

アイオワ州の田舎町に住むレイ・キンセラは農業でなんとか家計をやりくりする、一見普通の貧乏農家。ただ、若い頃に父親と口論の末に家を飛び出し、以来生涯に一度も父の顔を見る事も、口をきく事すらもなかった事を心の隅で悔やんでいる。

ある日の夕方、彼はトウモロコシ畑を歩いているとふと謎の声("If you build it, he will come." = 「それを造れば、彼が来る」)を耳にする。その言葉から強い力を感じ取った彼は家族の支持のもと、周囲の人々があざ笑うのをよそに、何かに取り憑かれたように生活の糧であるトウモロコシ畑を切り開き、小さな野球場を造り上げる。

その後しばらく何も起きなかったが、ある日の晩、娘が夕闇に動く人影を球場にみつける。そこにいたのは“ブラックソックス事件”で球界を永久追放され、失意のうちに生涯を終えた“シューレス”ジョー・ジャクソンだった。

 何故アイオワのトウモロコシ畑のなかに野球場を造らなければならなかったのか。 
 主人公レイは、自ら「撒いた種」の答えを探す旅に出ます。
 全盛期にユニフォームを脱がなければならなかった伝説の野球選手のため?
 若者たちのバイブルのような本を書き上げながらも隠遁してしまった小説家のため?
 徐々に解き明かされていく答え。
 でも、真実の答えにはまだ辿り着いてはいないような気が...。
 
 旅から戻ったレイが最終的に野球場で体験する「答え」はまさに奇跡。
 店主は毎回ここで涙腺崩壊であります。
 ネタバレになるので、ここは是非鑑賞してもらうとしましょう。
 この素晴らしきファンタジーの結末が荒唐無稽であることは否めませんが、一方で甚だしい感情移入をしてしまうのもまた否めません。
 それは、この奇跡が天地が引っくり返るような大事ではなく、主人公レイの個人的な悔恨に根差して描かれているからでしょう。

 
いつものように、夜7時くらいからゆるくスタート。
 お楽しみに。
 


a0187509_14205051.jpg










 ”好きな映画を、その映画が公開された月日に合わせて鑑賞することで、ロードショー当時の季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「アメリ」。
 18年前の4月25日に公開されました。


少女の頃から空想の世界で遊ぶのが好きだった22歳のアメリ。古いアパートで一人暮らししながらモンマルトルのカフェで働く彼女は、他人を少しだけ幸せにするお節介を焼くのが楽しみ。そんなある日、遊園地のお化け屋敷とセックスショップで働く不思議な青年ニノに出会う。彼の、スピード写真のブース周辺に捨てられた写真をストックしたアルバムを拾ったアメリは、悪戯を仕掛けようとするうち、ニノに恋してしまう。しかし内気なアメリは恋に真正面から向き合うことができず、かくれんぼのような駆け引きが続く...。(KINENOTOより抜粋)


 今を時めくウェス・アンダーソン監督の「グランド・ブタペスト・ホテル」公開の際、論評する方々が、そのめくるめくカラフルでキッチュな映像美と時折挟み込まれるブラックな笑いを分かりやすく伝えようとして引き合いに出していたのが、この「アメリ」。
 公開が2001年ですから、思えばジャン・ピエール・ジュネ監督が本作で紡ぎあげた世界は、当時としては斬新奇抜を極めたものだったと思います。
 おそらく、「おしゃれな匂いはするけれど、難しそう」とフランス映画に微妙な距離を置いてきた日本のオリーブ少女たち(雑誌オリーブが休刊に追い込まれたのは2003年)にも抵抗なく受け入れられたはずです。
 結果観客が呼べるフランス映画として、興行成績16億のヒット作となりました。

 店主は「アメリ」を映画館で観たことがありませんでした。
 念願のスクリーン観劇は去年の「午前十時の映画祭」にて。
 赤や緑の暖色が氾濫する甘々の少し嘘くさい色彩美術、全編に流れるヤン・ティルセンの詩的でミニマルなスコアに目と耳は惑わされっ放しです。
 そして、なんといってもオドレイ・トトゥの愛らしさにはまったく困ってしまう。
 ジュネ監督が白羽の矢を立てた女優の降板により実現したキャステイングとのことですが、たとえば、マリリン・モンローの「ティファニーで朝食を」が想像できないように(役どころが娼婦という設定だったため、当初交渉していたモンローが難色を示し、代わってオードリー・ヘップバーンが登板することに。)、まるでアメリそのものといったオドレイ以外に本作の主役は考えられませんよね。
 監督が彼女の存在を知ったのは、偶然目にしたポスターだったらしいですし、ヤン・ティルセンに音楽を依頼したのも彼の曲を車中でたまたま聴いたことがきっかけなんだとか。
 映画の神様っていると思います。
 どのピースが欠けても「アメリ」じゃなくなってしまいますもんね。
 
 いつものように夜7時くらいからゆるくスタート。
 お楽しみに。


a0187509_14350534.jpg







 ”好きな映画がロードショー公開された月日に合わせて鑑賞することで当時の季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「アニー・ホール」。
 42年前の1977年4月20日(米)に公開されました。

ニューヨークの山の手に住むユダヤ系のアルビーはTVやナイトクラブのトークショーで稼ぐ漫談芸人。歳の頃は40、離婚歴1回のド近眼メガネ人間だ。そんな彼がある日、友人のTVディレクターのロブ達とテニスに行って、1人の美人と出会った。会話もユニークな彼女の名は、アニー。どこか屈託のない童女の雰囲気の彼女に出会ってからアルビーが変わった。アニーとのデートが日課の一つになったのだ。2人が同棲生活に入ったのはそれから間もなく。お互いにのぼせあがっていた2人も時がたつにつれて、お互いのアラが目についてきた。アルビーの周りには、なぜかTV局の女ロビンやアリソンがいて、アニーはそれが気になる。アルビーもアニーのつかみどころのない生き方がわからない。ましてアルビーは、男の独占欲にめざめてきたのだ。行きづまった2人の関係。2人は精神分析医の所に行き、2人の溝は埋まったかに見えた。だがそんなある日、アニーがいつものようにクラブで歌っていると、プロ歌手トニーが彼女の歌をほめ、カリフォルニアにくるようにすすめる。彼女は有頂天になり、精神状態も全快へとむかったが、アルビーはまだダメ。彼はアニーとトニー、果てはロブの仲まで疑い出したのだ。もうこうなってはおしまいだ。2人は別居を決意し、アニーはカリフォルニアに飛んで行った。一方、残されたアルビーを襲う寂寥感。アニーの後を追い、カリフォルニアに行き、やり直そうとアニーに迫るアルビーだったが、今のアニーは歌手としての成功の方が気になっていた...。(KINENOTOより抜粋)

 とにかく会話で埋め尽くされた映画であります。
 単純にいうと、セラピー通い15年という神経質で理屈っぽい主人公アルビーが速射砲的おしゃべりであるということに尽きるのですが、合わせて多用されるカメラの長回しが、彼の性質をさらに増幅させてわからしめる効果を果たしているわけです。
 またときには、聞いてもらいたくて我慢できないとでもいうようにカメラ目線で観客に向かってしゃべり始めるアルビー。
 いわゆる「第四の壁(フィクションの世界と現実世界を隔てる概念的境界)」を壊してまで、愛してやまなかったアニーとの破局話を切々と吐露するのであります。
 本作以降、映画的手法としては事新しいものではなくなりましたが、アルビーのアニーへの想いの膨れ上がったテンションを実に分かりやすく伝える演出であったと思います。
 
 誰かが言ってました、男は恋愛を「名前をつけて保存」することしかできない。
 すでに「上書き保存」して過去の男を清算済みの女のことを、アルビーみたいにいつまでもうじうじ思い返すというわけ。
 アメリカで最も著名な映画評論家であるロジャー・イーバートは本作を評していいました、「おそらく誰もが好きなウディ・アレン映画」であると。
 世間一般的な評価もまた同様でありましょう。
 心当たりがある「名前をつけて保存」男はやはり多そうであります。

 いつものように夜7時くらいからゆるくスタート。
 お楽しみに。

a0187509_15590693.jpg







 ”好きな映画がロードショー公開された月日に合わせて鑑賞することで当時の季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、ウェス・アンダーソン監督の「犬ヶ島」。
 1年前の2018年3月23日に公開されました。


「その昔、犬と犬嫌いの小林一族との間で戦争があった」と序幕で語られる。

劣勢の犬に同情した少年侍は戦に参加し、小林一族の長を殺害するが少年も亡き者になりその魂は祀られ、結局犬も小林一族に勝てず服従を余儀なくされる。

それから千年後。メガ崎市では犬の伝染病“ドッグ病”が蔓延し始め、社会問題となっていた。

科学者である渡辺教授は「ドッグ病を治す血清がじきに完成する」と主張するが、小林市長はそれを無視し、犬をゴミ島へ隔離することを決める。

最初にゴミ島へ送られたのは、小林アタリの飼っていたスポッツだった。

そして、ゴミ島への隔離が決まって6ヶ月後、スポッツを探しにアタリは飛行機を使いゴミ島へ不時着する。そこで待っていたのは、犬のレックス、キング、デューク、ボス、チーフだった...。(ウィキペディアより)


 いつものように夜7時くらいからゆるくスタート。

 お楽しみに。

a0187509_19594819.jpg








 ”好きな映画がロードショー公開された月日に合わせて鑑賞することで当時の季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「デストラップ・死の罠」。
 37年前の1982年3月19日に公開されました。

劇作家シドニー・ブリュール(マイケル・ケイン)は、新作の不出来に頭を痛める。これで4作続けての失敗だ。かと言って、妻のマイラ(ダイアン・キャノン)の金で食わしてもらうのはプライドが許さない。昨年、大学で彼が演劇について講議した時の生徒クリフォード・アンダーソン(クリストファー・リーヴ)から、自作の戯曲死の罠が送付され批評を乞うて来た。一読したところ、意外な結末、軽妙な会話、適当に笑わせ、ケチのつけようがない。マイラはその青年と協力して作品を手直しして、2人の名で発表したらと提案する。だが、シドニーはクリフォードを殺し、戯曲を自分1人の名で発表するのだといい出すが...(KINENOTEより抜粋)

 ある日、三谷幸喜の「マトリョーシュカ」をテレビで観ていて思いだしたのがこの「デストラップ」。

 初見は、たぶん五反田あたりの名画座だったと思います。

 どんでん返しにつぐどんでん返し。

 まさに、マトリョーシカの如き入れ子構造の筋立てが「デストラップ」的だなぁと。

 ちょっと調べると、やはり三谷自身、本作を好きな映画の一本にあげておりました。


 軽妙洒脱なマイケル・ケインに、一歩も譲らず丁々発止の演技をみせるのがあのクリスファー・リーブ。

 正直、ほかに魅かれる出演作がなかなか見あたらないなか、本作と「ある日どこかで(1980年)」の2作品において彼は出色の名演を果たしています。

 こうなると、秀作に当たるというツキを呼び込む才も役者がスキルに備えるべき特質といまさらながら思わされてしまうのです。

 この点において、スーパーマンで売れてしまった彼は、「この特質」を世間の「色眼鏡」付きで持ち得てしまったのかもしれません。


 いつものように夜7時くらいからゆるくスタート。
 お楽しみに。


a0187509_16301411.jpg







 ”好きな映画がロードショー公開された月日に合わせて鑑賞することで当時の季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「かもめ食堂」。
 13年前の2006年3月11日に公開されました。

フィンランドのヘルシンキに“かもめ食堂”という小さな食堂をオープンした日本人女性サチエ。シンプルな“おにぎり”を看板メニューに、フィンランドの人にも日本食のおいしさを伝えたいと張り切るが、やって来たお客は日本のアニメが好きなおたく青年だけ。それでもめげずに淡々と営業を続けるサチエは、やがて訳ありな2人の日本人女性と出会うのだった...(allcinemaより抜粋)

 本作を観て、カフェ開業を志した方も結構いらっしゃるのではないでしょうか。
 ヘルシンキでオールロケされた本作は、作中ふんだんに散りばめられたデザイン強国フィンランドを代表的する家具、食器、衣装が話題を呼び、北欧大好き女子の熱狂的支持を獲得。シネスイッチ銀座の初日動員記録を更新するなどヒット作となりました。
 
 店主の場合、開業動機は学生時代まで遡るので、「かもめ」がきっかけというわけではないのですが、当店オープン前、あたりきではない屋号の検討に苦慮していた店主が、苦肉の策でフィンランド語日本語辞典を手にして、Aの部から字面優先で探し始めて行き当たったのが「ARKKU」でした。
 この「ARKKU」、日本語で「箱」という意味になりますが、広義としては、おもちゃ箱からお棺まで、箱型形状の物全般にわたっている感じです。

 カフェがオープンしてしばらくしたある日、奥様がフィンランドの方だというご夫婦が来店されました。
 奥様曰く、母国で「ARKKU」というと、一般的に、お嫁入りの際に持参する大きな箱(冒険小説に出てきそうな宝箱のイメージでしょうか?)のことで、中には衣類やらベットリネンやらレース飾りを詰め、実家に余裕があるほど大きなものになるんだとか。
 ただ、習わし的にはなくなりつつあるようで、「ARKKU」自体は、居間や玄関のインテリアとして売られていることが多くなってるとのことでした。

 さて、「かもめ」の話に。
 登場人物たちの最後まで暴かれることのない背景、劇的展開のない展開。
 この映画が、ながら見向きとか、BGV代わりとかいわれてしまう所以なのでしょうが、映画の定石を取っ払ったからこそ守れたのが、「かもめ」全編に一貫して流れるゆったり感だともいえます。
 「かもめ」が観たくなるときは、あの異国の食堂にのんびり流れている時間に戻りたいとき。
 店主的には、いつの間にやら、そんな居心地のよさが享受できる「場所」みたいな映画になってまいりました。

 いつものように夜7時くらいからゆるくスタート。
 お楽しみに。

a0187509_06570338.jpg







 先日、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス」を早稲田で観ました。
 巷では、クィーンやガガの音楽関連映画が記録的動員数を重ねておりますが、店主は「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の続編にあたるこの音楽ドキュメンタリーを、カフェの休業日に観る一本にあえてあてたわけです。
  
 スライドギターの伝説的名手ライ・クーダーは、1996年レコーディングのためキューバを訪れておりました。
 ところが、アフリカから着く予定のミュージシャンたちが参加できなくなったため、急きょ地元の伝説的老ミュージシャンたちを探し当てて録音したアルバムが、思いもかけない世界的大ヒットを記録します。
 翌1997年のグラミー賞では最優秀トロピカル・ラテン・パフォーマンス賞を受賞するなど、まさに、「ひょうたんから駒」的成功を収めるわけですが、話は続きます。
 今度は1999年、映画「パリ・テキサス」で音楽担当を務めたことが縁でライと友人関係にあったヴィム・ヴェンダース監督が同名のドキュメンタリー映画を撮ってしまうのであります。
 そしてこれまた、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞にノミネートされるなど興行的に大成功。
 元々キューバ国外では無名の存在だった老ミュージシャンたちにとって、次から次へと当たるスポットライトはさぞ眩しかったでありましょう。
 このように、世間が注目した時点で彼らはすでに高齢でしたから、さらに年数が経った今では、天国に召されたメンバーも少なくなく、グループでの活動休止を決めた彼らの「アディオス(さよなら)」世界ツアーを追ったドキュメンタリーが「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス」ということになります。

 というわけで、今夜のアルック座は、続編の感激冷めやらぬうちに、1999年公開の本編「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」をお送りいたします。

 いつものように夜7時くらいからゆるくスタート。
 お楽しみに。

a0187509_18320163.jpg






 

 

 ”好きな映画がロードショー公開された月日に合わせて鑑賞することで当時の季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、フェデリコ・フェリーニ監督「ジンジャーとフレッド」。
 実は店主、33年前の2月23日、イタリア本国ミラノにて本作を観ております。

ハリウッドの名ダンス・コンビにあやかった芸名で、かつてそこそこ人気を博したアメリアとピッポは、クリスマスのTV番組出演で30年ぶりの再会を果たす。TVの速いテンポに戸惑う二人だが、甘いノスタルジーに浸ったり、過去のあやまちを悔いたりするうち、恋人同士でもあった頃の感情を取り戻していく。だが今はそれぞれの生活もあり、出番を終えれば再び別れゆくのだ……。(allcinemaより抜粋)

 古い話ですが、当時学生だった店主はヨーロッパで美術館巡りをしておりました。
 なぜに日付がはっきりしているのかというと道中日記をつけていたからで、読み返してみますと、この日は早朝バスでミラノ入りし、ダヴィンチの「最後の晩餐」、カラヴァッジョの「エマオの晩餐」を鑑賞しており、いささかテンション高めです。
 いきさつは忘れましたが、晩餐!後(日記によれば、貧乏学生お決まりの主食、マックのビッグバーガー)、フェリーニの新作がロードショーにかかっていることをどこかで聞きつけ、ガレリアあたりにあった映画館を探し当てて観たのでした。
 
 当然字幕はなしのイタリア語。
 ほとんど会話の内容をつかめなかったはずでありますが、そこは、マルチェロ・マストロヤンニとジュリエッタ・マシーナ。
 イタリア映画界の至宝二人の枯れた演技は、この日映画館を訪れたミラネーゼにも、日本から来たひよっこ大学生にも、フェリーニがこの映画に込めた思いをわけ隔てなく伝え届けてくれたようでした。
 テレビ局の招待でクリスマス大演芸大会?に出演することになった二人。
 晩年を迎えた芸人コンビの30年ぶりの再会です。
 時間の経過というものは、思い出を増幅させたりもしますが、異質に変化させたりもします。
 それは、残酷でもありますが、否応なしに美しかったりするわけです。

 名優二人も名匠フェリーニも、そろって60代にさしかかってから撮った「ジンジャーとフレッド」。
 晩年の3人の現実まで透けてみえるような映画であります。
 「ラストは泣けた、泣けた。」
 本作を観た日の日記の稚拙な締め繰り。
 ちなみに、本日2月22日は、フェリーニ夫人でもあったジュリエッタ・マシーナの誕生日でもあります。

 いつものように夜7時からゆるくスタート。
 お楽しみに。
a0187509_20062692.jpg









 ”好きな映画がロードショー公開された月日に合わせて鑑賞することで当時の季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「ワン・フロム・ザ・ハート」。
 37年前の1982年2月12日に公開されました。

7月4日の独立記念日を明日に控えた、ラスベガスの街。ツーリスト・ビューローに勤めるフラニーの夢は南洋のボラボラ島へ行くこと。そして同棲生活5年目を迎える恋人ハンクはそんな島へ行く事よりも彼女との平凡な家庭生活を密かに望んでいた。そしてそのような性格不一致の二人はささいな事からケンカ、フラニーは遂に家を出ていってしまう……。(TSUTAYAサイトより抜粋)

 個人的好きさ加減と世間的評価がこれほど激しくかい離している映画もそうそうありません。
 公開当時、批評家からこき下ろされるは、興行的に振るわないわで、首が回らなくなってしまったコッポラ監督は手塩にかけた自身のスタジオを手放す憂き目にあってしまいます。
 そんないわくつきの本作ですが、これが店主にとっては若かりし頃からの愛すべき一本でありまして。

 
 巷間伝えるところによれば、「地獄の黙示録」の制作過程で悪天候に散々悩まされた轍を踏まないようにと、本作は全編セット組みされてスタジオ撮影が敢行されました。ネオン街も、砂漠も、空港もすべてロケセット。
 欲しい映像への執着も相当で、砂丘の柔らかな起伏を撮りたいがために、砂地に横になった女性を埋没させてそのラインを狙ったという逸話まで残っております。

 資金を圧迫した問題のロケセットですが、これがオペラ舞台の書割並みのしつらえにしか見えません。(巨大なジェット機の模型が画面を覆い隠すようにして飛び去るシーンには息を呑んでしまいますが)
 もともとリアリティは無視されていて、あえて「映画の嘘」を露出させているようなところがあります。
 サーカス一座のダンサー役でナスターシャ・キンスキーが出演しているのですが、時代のミューズだった彼女の眼力全開の美しささえロケセットの延長のような空虚さに包まれています。

 コッポラにとっては、カメラで切り取った際の様式美と映画全体をファンタジーの被膜で包み込むことが大優先だったのでしょう。
 結果的に、コッポラの狙いどころは成功していると思います。
 商業的な敗北を除いては。
 いずれにしても、現代の映画作りの現場からは生まれようもない究極のこだわりが、非現実的な映像美をまとった平凡なラブストーリーという素晴らしき差異に満ちた映画を残したわけです。

 いつものように夜7時くらいからゆるくスタート。
 お楽しみに。

a0187509_15265538.jpg







 今夜のアルック座は、現代のコーヒーカルチャーを追った、知られざる「Seed to Cup(種からカップまで)」の物語をお送りします。
 世界中に足を運び、畑からカフェの現場まで、コーヒーの世界を美しく紡いだ本作を観たならば、思わず一杯注文したくなること請け合い。
 コーヒー好きはもちろん、コーヒーがちよっと苦手という人にとっても、この琥珀色の液体に囚われた人々の映像記録は興味深く観ていただけると思います。

わたしたちの暮らしに欠かすことができなくなった“コーヒー"。あの赤い果実がどのようにして、目覚めの一杯になるのだろうか?生産、豆の選定、精製、焙煎、抽出……普段目にすることがないコーヒー豆たちのはるかなる冒険譚、Seed to Cup(種からカップまで)を、本作は美しい映像で描きだす。ニューヨーク、サンフランシスコ、ポートランド、シアトル、そして東京。コーヒーカルチャーを牽引する5つの都市で活躍する、今、最も重要なコーヒーのプロフェッショナルたちをカメラは追う。
この世界を席巻するコーヒーカルチャーの新潮流を描いたドキュメンタリーを手がけたのは、自らもコーヒーギークであるブランドン・ローパー監督。コーヒーへの深い愛情が育んだ本作は、琥珀色の神秘の液体の奥深い世界へいざなう招待状。観た後は、コーヒーがより身近に、より愛しく思えるだろう。(アマゾンより抜粋)
 
 いつものように夜7時くらいからゆるくスタート。
 お楽しみに。

a0187509_14540119.jpg