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店主、上野で美術館をはしごする。バルテュスから法隆寺へ。

 今回のW杯日本代表、つまづき始めのコートジボアール戦があったあの日。
 店主は、上野におりました。

 美術館のはしごのメッカ、上野でありますが、少々趣が異なり過ぎ?のこの日のはしご。
 というのも、世間的には少女フェチの画家という認識でとらまえられているバルテュスを観た後に、聖徳太子建立の古刹、法隆寺秘蔵の仏教美術を拝むという順路でしたから。
 

 バルテュスにとっては、「少女」=「完璧な美」。
 たとえば、ドガだって執拗に「踊り子」を描き続けましたが、バルテュスほど倒錯的なみられ方は全然されておりません。
 ナボコフの「ロリータ」の初版本の表紙を手掛けたことも、その手のイメージを増幅させる一因ではありましょうが、あのあられもない「バルテュス・ポーズ」をとった少女たちを実際目の当りにすると、なんとも不可思議な感覚に囚われました。

 
 たとえば、フェルメール。許されるならば、店主は何時間でも画の前に居座ることができると思います。
 それほど立ち去り難いものがあるわけですが、この少女たちの画に覚えたのは、「観てはならないもの」から追い立てられるようなある種の疎外感。
 それは、自分のなかのつたない「道徳観」が干渉したということなのでしょうか。
 でも一方で、とどまって観ていたいという欲求もあるわけです。
 それは、画家から部屋の鍵を借りて覗き見ているかのような秘密の「特権」惜しさということなのでしょうか。
 とにかく、頭のなかが整理のつかない困った画であったわけです。

 考えてみれば、フランシス・ベーコンしかりですが、個人の複雑なる内面の奥深いところを刺激するからこそ生じる「混乱」であるわけですから、鑑賞者がそういった心境に陥るということは、画家にしてみれば、画業の成功の一端ということになるのかもしれません。
 親交があったベーコンの死去を報じるメディアが「彼は天才であった」と書いたことに、バルテュスが残したことばがあります。
 「天才であるとはどういう意味でしょう?彼は画家だった。本物の画家だった。それで充分ではありませんか?」

 
 本物は本物を知る、ということ、ですね。

店主、上野で美術館をはしごする。バルテュスから法隆寺へ。_a0187509_22132099.jpg
「美しき日々」148×200 1944-1946年



店主、上野で美術館をはしごする。バルテュスから法隆寺へ。_a0187509_23021369.jpg
 東京都美術館から藝大美術館へ移動。
聖徳太子のお寺にありがたく満たされたわけですが、
アントチェアが整然と並ぶ学食がお休みだったのが少々残念で。





 

 

by arkku | 2014-07-04 04:07 | 雑記