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 ”好きな映画がロードショー公開された季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」。
 32年前の1984年9月29日公開(米国)されました。

 
ハンガリー出身で、ニューヨークでギャンブラーとして生計を立てているウィリーの元に、クリーブランドに住む叔母から電話があり、彼女が入院する10日間、ブタペストから来た従妹のエヴァを預かることになる。風変わりなエヴァと無愛想なウィリーのあいだではなかなか会話がかみ合わないが、日が経つにつれ打ち解けていく。ウィリーの相棒エディも交えて、それなりに楽しい日々が続いたが、クリーブランドへ向かわねばならないエヴァ。1年後、エディといかさまポーカーで儲けたウィリーは、共に車でエヴァに会いに行く。恋人もいてホットドッグ店でアルバイトをしているエヴァは二人との再会を喜ぶ。そこで数日を過ごすが、エディーとウィリーは雪に閉ざされたクリーブランドに退屈し、突如としてフロリダへ行くことを思いつく。そして叔母の反対を押し切って、エヴァを連れてフロリダへ向かった...(ウィキペディアより抜粋)


 喜怒哀楽を顔に出さない登場人物たち。逆にいうと、彼らは表情を崩すような状況にほとんど置かれることなく、ニューヨーク、クリ―ブランド、フロリダと舞台を移し物語は進行していくわけです。
 そんな映画のどこがおもしろいのかといわれそうですが、これがそこはかとなくおもしろい。
 
 印象に残る一場面があります。
 男女3人が、冬のクリ―ブランドで退屈しのぎに、エリー湖を観に行くシーンです。
 結局、吹雪による視界不良で、湖どころか認識できる景色は皆無。
 ただただ白く広がる空間を前に、3人は立ち尽くすことしかできなくて...
 
 とことんついていない彼らなのに、その点鈍感というか、不運を置き去りにできる才があるというか。
 観客はそんな彼らの超マイペース振りに、軽い安堵感を覚えつつ、ついくすりと笑ってしまうのです。

 条理極まりなくもごくごく日常的な会話、全編モノクロの余計なものを映しこまない演出、出演者はチョイ役(たとえば、トム・ウェイツとか)含めて、みんな原則的に「デッドパン(無表情)」。
 こんな約束ごとに則って撮られたからこそ成立した悲しきコメディー。
 才人、ジム・ジャームッシュ監督、1984年の出世作をどうぞご堪能あれ。

 いつものように夜7時スタートです。
 お楽しみに。

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 毎月最終土曜の夜恒例、アルック・プレゼンツ・”アマデュオス”ボサノバ投銭ライブを本日24日に開催します!
 
 3回ステージ(演目は各回変わります)で、1st・PM7時 2nd・PM8時 3rd・PM9時、それぞれスタート。
 ワンステージだけでも、通しで全部聴かれても、お客様次第でOK。

 元々ノンチャージの当店ですが、今回も席料等はございません。
 ただし、彼らの演奏を聴かれて応援したくなったお客さまのために?、投銭入れをご用意いたしますので、お会計の際チャリ~ンと入れていただければ幸いです。

 すっかり秋らしい気配に落ち着いた感じの今日この頃。初秋の夜、荻窪のちいさなカフェで、ボサノバ・ギターの調べをごゆるりとお楽しみください。
 そして、今回はちょっとしたサプライズをご用意しております。
 あれあれ...お店の中が...?


 【お問合せ・ご予約】080・2331・7608(カフェ専用携帯)




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 ”好きな映画がロードショー公開された季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「ラウンド・ミッドナイト」。
 30年前の1986年9月24日公開(フランス)されました。
 

パリを舞台に、ジャズ・ミュージシャンのデイル・ターナーと、デイルの音楽を愛しサポートする青年フランシスの友情を描く。実在のジャズ・ピアニスト、バド・パウエルがパリで活動していた時期の実話が元になっており、フランシスのモデルも実在のフランス人デザイナー。(ウィキペディアより)

 
 主役のデイルを演じたのは、当時63歳になるジャズサックス奏者、デクスター・ゴードン。
 本作を初めて観た後、とにかく驚きを禁じ得なかったのは、出演ジャズメンの演技達者ぶり。映画初出演でアカデミー主演男優賞にノミネートされたD・ゴードンはもちろん、エディ役のハービー・ハンコックなんかも実にそつがありません。
 刻々と変化する刹那に音をやり取りして音楽創造するジャズミュージシャンたちの感性は、「演じる」ことにも直感的な才を発揮するのでしょうね。

 
 でも、監督ベルトラン・タヴェルニエが、D・ゴードンを起用した理由はそれだけではないはずです。
 本作は、バド・パウエルの実際のエピソードを下敷きにしているわけですが、ドラッグ&アルコール依存症に悩まされ、本国アメリカにおけるいわゆるジャズ不況もあって、60年代初頭に新しい環境を求めて渡欧したのは、D・ゴードンもまた同様でありました。至極当然主人公デイルが、彼自身に重なってみえてきてしまいます。
 彼の代表作「アワ・マン・イン・パリ」は、1963年にタイトル通りパリで録音されたものですが、因縁めいてるのは、ピアノで共演しているのがB・パウエルその人ですし、D・ゴードンという人物は、当時のパリの空気感、渡欧組ジャズメンの人間関係をよく知る正に生き証人だったといえましょう。
 多分に、彼という存在がなければ、本作の成立はなかったかもしれません。

 出演から4年後、D・ゴードンは、敬愛する先人たち、互いに刺激し合った同僚プレイヤーたちが待つ天上のステージへと旅立ちました。 

 舞台は1959年のパリ、音楽はジャズ、ジャズ、そしてジャズ。
 愛すべき「ノッポさん」デクスター・ゴードンの枯れた名演技、そして言わずもがなの名演奏にゆたっり浸ってください。

 いつものように、夜7時くらいからスタートです。
 お楽しみに。

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 ”好きな映画がロードショー公開された季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「ロスト・イン・トランスレーション」。
 13年前の2003年9月12日に公開されました。

ハリウッド俳優のボブは、ウィスキーのCM撮影のために来日する。慣れない国での孤独感を感じるボブは、東京のホテルに到着した翌朝、エレベーターで若いアメリカ人女性、シャーロットと乗り合わせた。彼女はフォトグラファーの夫の仕事に同行してきた新妻で、やはり孤独と不安に苛まれていた。やがて2人は、ホテルのバー・ラウンジで初めて言葉を交わし、親しくなる。シャーロットの友人のパーティーに誘われ、夜の街へと出掛けたボブは、カタコトの英語を話す若者たちとの会話を楽しみ、カラオケでマイクを握るシャーロットに魅入る。2人は東京に来て初めて開放的な気分を感じた。ボブはCM撮影が終了したが、急遽舞い込んだテレビ出演の話を承諾し、滞在を延ばすことになった。ボブは、シャーロットとランチを共にし、ホテルの部屋で古い映画を観て時を過ごし、絆を深めていった。だがボブの帰国の時が訪れる...。(KINENOTOより抜粋)

 ウィキペディアの請売りですが、ソフィア・コッポラ監督による本作のテーマは「アノミー」だといいます。
 ウィキのリンクで、「アノミー」に跳ぶと、「アノミー(anomie)は、社会の規範が弛緩・崩壊することなどによる、無規範状態や無規則状態を示す言葉。フランスの社会学者エミール・デュルケームが社会学的概念として最初に用いたことで知られる。」とのこと。
 さらなる???のぬかるみに足をとられそうになったので、慌てて、不勉強人にも解かりやすいことばで論じていそうな方のブログにて「アノミー」をお勉強したところ、店主的には「アノミー=人が生きてる限り、本来生じる何かとのつながりや目的が失われた状態」というところに着地いたしました。

 さて、本作中のアメリカ人男女は、二人とも「アノミー状態」で、新宿のホテルで遭遇します。森進一の「新宿・みなと町」?ではありませんが、自ら望んだわけでもなく、なんとなく流れ着いたというわけですね。
 妖しげな賑々しさに彩られた新宿という街にあって、二人が宿泊しているパークハイアット東京は、この上なく快適なコクーンのようであります。
 互いの「アノミー」を悟った二人は、抱えた喪失感を埋めるように、ホテルを出て東京という異国の大都会の冒険にくり出します。
 セレブ御用達の「コクーン」を抜け出すことが、二人に連帯感なりある種の共犯意識を芽生えさせるきっかけになるところがおもしろいのです。
 つまりは、「アノミー」から抜け出す一歩になったわけですね。

 主演の二人は公開当時、ビル・マーレイ53歳、スカーレット・ヨハンソン19歳。
 変化のない結婚生活に萎えてしまった中年俳優と、輝く美しさを湛えながら未来に不安を抱く新妻。
 説得力のあるキャスティングは、「ロスト・イン・トランスレーション」の成功の肝といえましょう。
 店主自身何度も身を置いたはずの馴染みの新宿の雑踏の中を、スカーレット・ヨハンソンが消え入りそうになりながら歩くシーン。
 ただそれだけなのですが、本作全体に流れる漂流感と相まって、何ともいえず心に沁みる映像美があります。

 いつものように夜7時からスタート。
 お楽しみに。

 
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 ”好きな映画がロードショー公開された季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「めがね」。
 9年前の2007年9月22日に公開されました。

 

人生の一瞬に立ち止まり、たそがれたい。何をするでもなく、どこへ行くでもない。南の海辺に、ひとりプロペラ機から下り立った女・タエコ。その小さな島は不思議なことだらけ。見たこともない不思議な「メルシー体操」なるものに興じる人々、いつもぶらぶらしている高校教師ハルナ、笑顔で皆にカキ氷をふるまうサクラ、飄々と日々の仕事をこなす民宿ハマダの主人・ユージ…。マイペースで奇妙な人々に振り回され、一度はハマダを出ようとするが、自分なりに「たそがれる」術を身につけていくタエコ。そして、タエコを追ってきたヨモギを含めた5人の間には奇妙な連帯感が生まれていく。しかし、その時間は永遠には続かない……。(ウィキペディアより)


 「かもめ食堂」に続いて荻上監督が撮った劇場4作目。
 登場人物のキャリアは語られることはなく、結果的に素性の知れない奇妙な人物ばっかり集まってきてしまうのは前作同様で、例によって劇的展開も皆無。
 ただ、北欧の街から奄美の島に舞台を移したせいでしょうか、全編に流れる「ゆるゆる」加減はこの上ないくらいパワーアップしております。
 鑑賞者は、もはやストーリーを追いかけることを放棄せざるを得なくなり、「めがね」という映像の海原にクラゲの如くゆらゆらと感覚を委ねるしか術がなくなってしまうわけです。
 本作の「ゆるゆる」感はそれくらいの破壊力を秘めていると思います。
 必然的に、クラゲ式で観るのが一番心地よいし、このヒーリングムービー?の醍醐味が味わえるのでは。

 極力説明を省いた演出を施す監督さんですが、登場する主人公タエコの心情変化はうまい小道具使いで語られています。
 それは、タエコが島まで引きずってきた重そうなスーツケースと、おそらくすっかり彼女を疲れさせてしまった日常のすべてを見せていた眼鏡。
 この小道具たちの顛末にごぜひ注目を。

 登場人物たちのビールを呑むシーンがやたら多い映画でもあります。
 それも、一貫して瓶ビールをジョッキで。
 彼らが宿やビーチであおるビールはなんともおいしそう。
 当店、地域や製法でビヤグラを使い分けておりますが、店主がこだわるサッポロ赤星だけは小ぶりのジョッキで提供しております。
 この映画の残像がそうさせているのでしょうね。

 いつものように午後7時くらいからゆるくスタート。
 おたのしみに。

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 ”好きな映画がロードショー公開された季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「フランシス・ハ」。
 4年前の2012年9月1日に公開されました。
 
 本作のタイトルを見て、「店主のキーボード操作ミス?」と思ってしまう人も多いと思います。
 かく言う店主自身も、雑誌のレビューで最初に目にした時はミスプリントだと早合点してしまいました。
 原題はずばり"Frances Ha"ですから、英語圏の人たちにとっても、へんちくりんなタイトルに違いはありません。

 
ニューヨークに暮らすフランシスは、プロのダンサーを目指している。彼女と同居していた親友のソフィーは、パッチとの婚約を機に、フランシスを置いて引っ越して行く。残されたフランシスは、故郷のサクラメントで両親と過ごすクリスマス、パリへの短期旅行を経て、ニューヨークに戻ってくる。自分の人生と向き合った彼女は、振付師として、人生の新たな一歩を踏み出す。


 年明け1月、ボウイの訃報を聞いたとき、彼の"Modern Love"がドはまりしているこの映画ことが思い起こされました。
 日本人的に直訳すると、「現代的な愛」。
 言わずと知れた、83年に発売されたボウイいわく「ホットケーキみたいに売れに売れた」アルバム"Let's Dance"からのシングルナンバーであります。
 ここで、ハタと考えました。 
 確かにこの曲が流れるなか、フランシスがNYの街を激走するシーンはこの上なく小気味よい。
 ただ、インディペンデント映画界のミューズ、グレタ・ガーウィグ主演・兼脚本の本作であるならば、ノリのよさだけでもってヒットソングを使ったりはしないだろう…。
 ネット検索してみたところ、はたして様々に同曲の訳詞に挑んでいる方々がいらっしゃる。
 一番しっくりきたものを店主なりに意訳してみると、こんな感じでしょうか。


新聞配達の少年を呼び止める
そんな事をしても物事は変わりはしない
風に吹かれて立ちつくすわたし
でも決してバイバイって手を振ったりしない

やってやる、わたしはやってやる

生きてる証しなんかない
人を魅了する力ならあるけど
雨に打たれて横たわるわたし
でも決してバイバイって手を振ったりしない

やってやる、わたしはやってやる

もうモダンラブに入れ込んだりしない

モダンラヴ、ときには寄り添い歩き 
モダンラブ、ときには目の前を通り過ぎていく
モダンラブ、いつも通りに教会へと連れてゆく

いつも通りに教会へ、わたしを怖れさせて
いつも通りに教会へ、わたしを高揚させて
いつも通りに教会へ、神と人との契約を押し付ける

神と人、懺悔もいらない
神と人、信仰もいらない
神と人、モダンラヴなんか信じちゃいけない


 
 驚きです。
 ボウイは、ヒット請負人ナイル・ロジャースがお膳立てした売れ線の音に、彼らしくこんな難解なことばをのせていたのであります。
 少なくとも、タイトルから直感しがちな軽薄なポップ・チューンではないのは明らか。
 では、「モダンラブ」とは何でしょう。
 どうやら、現代社会における信仰に代表されるような、盲目的規範全般を指していようであります。

 モダンダンサー志望のフランシス。
 それが叶わぬ夢になりそうなのは、彼女のぶっきっちょさ加減からしたら誰が見ても明らか。
 歩き方ひとつとっても、「ノシノシ歩き」と揶揄される始末。
 前向きというよりは、前のめりで闇雲な行動パターンがお決まり。
 でも、ぎりぎりのところで「自分」を見失わないのがこの愛すべき主人公、フランシスの大いなる強味であります。

 奇妙なタイトルの種明かしはラストシーンにしっかり用意されているのですが、同時に彼女の未来を予見させる仕掛けにもなっております。
 エンドロールで再び流れる"Modern Love"。
 訳詞を踏まえてみると、世の中にはびこる既成概念や体制への追従姿勢を否定的に歌っているとわかるこの曲がテーマに選ばれた理由も、ここにきて合点がいくと思うのですが。
 
 いつものように夜7時からスタート。
 お楽しみに。
 
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