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 店主の好きな映画を、その映画がロードショー公開された月日に合わせて鑑賞して、当時の季節感もろとも味わってしまおうというお馴染み企画、金曜アルック座。
 ところが、今週はそのルールに当てはまる映画が見当たりません。
 そこで今回は趣向を変えて、音楽ドキュメンタリー「ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間」を。
 季節は野外フェスのシーズン目前となりました。
 そんな現在に至る大規模フェスの先駆けであり、60年代アメリカのカウンターカルチャーを象徴する事件ともいえる47年前の伝説のコンサートに思いを馳せてみるとしましょう。

 
1969年8月15日から3日間、ニューヨーク郊外ベセルの丘で、ロックの人気アーチスト多数が出演して、愛と平和と音楽の祭典が開かれた。これが世界の注目を浴びたウッドストック・フェスティバルである。企画者は、当時24歳の大富豪の御曹司ジョン・ロバーツ。彼はこの企画に10億円の私財を投げ出した。開催当日、ウッドストックに集まった若者は、予想を大幅に上回って40万人。この群集の混乱をさけるため、ロックのアイドルたちは、次々とヘリコプターで会場に運ばれた。彼らは叫ぶがごとく、泣くがごとく、昼夜ぶっ通しで歌い、演奏をつづけた。死者3人、病人5千人、出産2件を記録しながらも、アーチストと観衆が真の意味でひとつにつながりながら、ともに歌い、ともに踊った。若者たちの多くは、身につけている衣服を次々と脱ぎ、ある者は全裸になって、自然の大きな抱擁に身をまかせていた。現代の若者たちを縛りつける、あらゆる慣習、偏見はそこにはなかった。あるのは平和と音楽と、かけがえのない愛の姿であった。おりからの風雨の中でも、泥と食料難の3日間、若者たちは、歌から芽ばえた連隊感をもって、平和を謳歌した。それは体制内に出現した輝ける自治体であった...(KINENOTOより抜粋)


 店主もそうでしたが、名前にあるとおりこのコンサートは、ずばりウッドストックという街で開かれたものだと思われてる方が大半だと思います。
 主催者サイドも、古くから画家が集うアート・コロニーとして知られ、ボブ・ディランらアーティストたちも住んでいたこの地での開催を当然目論んでいたのですが、ピッピ―に占拠されるのではという過剰反応を示す周辺住民の反対運動に計画変更を余儀なくされ、もとの開催地の名前を残したまま、隣り街のベゼル(ニューヨーク市の北西120キロ)で開催される運びになったのでした。

 ウッドストックの翌年には、この世を去ることになるジャニス・ジョプリンや、ジミ・ヘンドリックス。そして今や、その後に天に召された参加ミュージシャンがずいぶん多くなってしまいました。
 しかしながら、彼らのプレイはもちろん、カウンター・カルチャーと結びついて新しいパワーをたはらみ始めたロックの目撃者となった聴衆が放つ熱量たるや今だ本作画面の端々に満ちております。

 ちなみにこの作品、編集に若き日のマーティン・スコセッシもクレジットされていて、第43回アカデミー賞において長編ドキュメンタリー映画賞を受賞しております。

 いつものように夜7時位からスタート。
 お楽しみに。

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 毎月最終土曜の夜恒例、アルック・プレゼンツ・”アマデュオス”ボサノバ投銭ライブを6月25日に開催いたします!
 
 3回ステージ(演目は各回変わります)で、1st・PM7時 2nd・PM8時 3rd・PM9時、それぞれスタート。
 ワンステージだけでも、通しで全部聴かれても、お客様次第でOK。

 元々ノンチャージの当店ですが、ライブの夜も席料はございません。
 ただし、彼らの演奏を聴かれて応援したくなったお客さまのために?、投銭入れをご用意いたしますので、お会計の際チャリ~ンと入れていただければ幸いです。

 6月は旧暦で風待月なる素敵な異名をもっております。
 梅雨の晴れ間のさわやかな風とともに、荻窪のちいさなカフェで、ボサノバ・ギターの調べをごゆるりとお楽しみください。

 【お問合せ・ご予約】080・2331・7608(カフェ専用携帯)






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 ”好きな映画がロードショー公開された季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「C階段」。
 33年前の6月6日に公開されました。

 ...パリのありふれたアパルトマンの“C階段”を舞台に、そこに住むスノッブで皮肉屋の美術評論家を主人公にすえて、彼がふれ合う人々の暮らしや、他人との軋轢の中で人間的に成熟していくさまを描く...(allcinemaより抜粋)

 フランス映画らしい小品。
 フランス映画らしさって、もちろん一義的ではありませんが、およそ修復不可能なくらい事件が続出しながら最終的にハッピーエンドに納まる典型的アメリカ映画のことを、故安西水丸さんは「アメリカばなし」とよばれておりましたが、くらべて、本作のように、大事態はほぼ起こらず、淡々とした語り口で綴られるというのはフランス映画にみられる一面といってもいいでしょう。

 「アメリカばなし」に馴染まれてる方には、「退屈な映画」と烙印を押されてしまう危険性もありますが、監督や脚本家、カメラマンの美学が色濃く反映された作品に流れる首尾一貫したある種のムードは、それが好みのものであった場合、たまらない深みとして感じられるのもまたフランス映画の「らしさ」であります。

 さて、若き頃より、シネフィル(映画狂)だった本作監督ジャン=シャルル・タルケは、19歳で映画批評誌「レクラン・フランセ」に入社します。
 この雑誌には、印象派の巨匠ルノワールの次男であり、映画監督であったジャン・ルノワールが協力者として名を連ねておりました。
 彼とタルケ監督に親交があったかどうかは定かではありませんが、本作には、主人公フォステルの心情に影響する小道具として、ルノワール作「じょうろを持つ少女」が使われています。本作でも印象に残るシーンのひとつが、パリ市内の美術館でフォステルがこの画に魅入られるところです。
 
 ところが、「じょうろを持つ少女」は、実際はアメリカのワシントンナショナルギャラリーの所蔵作品です。
 当然、パリにも他に、ルノワールの代表作はわんさかありますが、タルケ監督は架空の美術館を敢えて設定したということになります。
 主人公が目にすべき作品は、この「少女」でなければならなかった理由は、本作をご覧になって推論してみてください。

 いつものように、午後7時ごろからスタートいたします。
 お楽しみに。

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 ピエール・オーギュスト・ルノワール 「じょうろをもつ少女」 
 1876年 油彩、カンヴァス 100.0x73.0cm 
 ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵




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