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 成り行き上、月下美人二夜目の報告をいたします。
 結局、夜10時までの営業時間中に花は開きませんでした。

 深夜過ぎになって開花に至ったのですが、こんな感じに。

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 昨晩の見事な咲かせっぷりに相当注力したのでしょう。
 原産地のメキシコでは、花をぐぐっと上向きに咲かせてコウモリを誘い受粉を促すという力強さがありません。
 でも、いわば、2軍にまわったこの花たちの、しだれ柳ならぬしだれ月下美人の恰好はこれで、風雅の趣きがあります。
 やはり、美人はどう転んでも様になるということでしょうか。

 さて、前回ブログで書いた、月下美人の花は食用になるという話。
 実をいうと、店主は試してみました!
 常連さんにその旨を話したら、「死なないでね。」のひとこと。
 ひるまず、切り取っておいた昨晩開花した分を、某レシピサイトを参考に調理開始。
 といっても、軽く湯がいて、粗目の千切りにしただけですが。

 晩酌のお伴に、ポン酢をかけていただいたのですが、食感は事前情報通りジュンサイの粘りを強くした感じ。
 ただ、ふと窓辺に置いていた月下美人の鉢を見やったら、もういけません。
 サボテン(月下美人はサボテン科)には、テレパシー能力があるらしいという話を聞いたことがあります。
 ひょっとして、今晩の花たちが元気なさげなのは、同類を食している店主のせい?





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by arkku | 2014-09-26 09:26 | 雑記
 昨晩、今年2度目の月下美人の開化がありました。
 ひと晩限りで、年に一度咲くか咲かないかという珍花なものですから、過去アルックで、この妖艶な開花ショーに遭遇されたお客様はほんの一握り。

 夕方6時ごろはまだこんな感じ。

 
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 数えると、あるわあるわ、蕾が11個も。
 毎回、2、3個でも大騒ぎしてるわけですから、今回の期待感はかなりのもの。
 

 待つこと、4時間。 
 芳香を放ちながらじわじわ花を広げる月下美人が満開になった様子がこちらです。

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 いつもながら、見事な咲きっぷりであります。
 朝方にはしぼんでしまいますので、残りの蕾の開化を促すためにオペしてしまいました。

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 開花状態のものも、しぼんでしまったものも食用にできるらしいですが、まだ試したことはありません。
 結局、昨晩は4個が開花。
 残り7個。
 今夜も引き続きレジ台の上にスタンバイさせてあります。ご興味ある方、ひやかしにいらしてくださいませ。

 
 
 
 この珍奇なる月下美人、今回はあといくつの「はかない美」をみせてくれるのでしょうか。





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 9月9日は、パリ生まれのフランス人作曲家、エリック・セラの55回目の誕生日でした。

 いうまでもなくセラは、リュック・ベッソン監督がメジャーデビューする前から最新作「LUCY」に至るまでの作品すべてのスコアラー。
 フェデリコ・フェリーニ監督と名作曲家ニーノ・ロータの関係も、ロータが亡くなるまで続きましたが、フェリーニ最晩年の作品のなかには、ロータの音楽で観たかったと思わせるものもやはりあったりします。
 ベッソン=セラも間違いなく映画史に残る名コンビ。そして、二人の映像と音楽が映画という総合芸術において最高の形で結実をみせたのが、「グラン・ブルー」であるということで異論は出ないでしょう。

 「グラン・ブルー」のクランクイン前、ベッソン、セラ、そしてジャン・レノの三人は、地中海でのダイビングに2か月もの間明け暮れていたそうです。
 毎日海に潜り、毎日海に魅入られた主人公の気持ちを思い、毎日この映画を作る意味を考える。
 イルカの鳴き声を模したソプラノサックスが哀愁を帯びて響き渡るあの見事なオープニングで始まる、この「海を感じる映画」の導き役である音楽は、映画音楽家らしからぬ映画作りへのこうしたアプローチによって創造されていたわけであります。

 エリック・セラのあるあるを少し。
 リュック・ベッソンとは同い年。
 ベッソン監督「サブウェイ」では、パリの地下世界の住民たちが結成する怪しいバンドのベーシスト役で出演。
 「グラン・ブルー」のサウンドトラックは、ほとんどセラ自身が楽器を担当した多重録音。映画のラストに流れる「マイ・レディ・ブルー」では、情感豊かな歌まで披露。

 というわけで、今夜のアルック座は「グラン・ブルー」です。
 今回は、少しセラの音楽に気持ちを傾けて観てみるとしましょう。
 いつものように、午後7時くらいからスタート。
 お楽しみに。

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エリック・セラ(左)とリュック・ベッソン(右)





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 ”好きな映画がロードショー公開された季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「さらば青春の光」。
 35年前の1979年9月14日に公開されました。

ジミーは、広告代理店のメイル・ボーイをしている。仕事はつまらないが、給料は悪くないので、洋服代と散髪代とクスリ代には困らない。会社がひけるとジミーは、モッズの溜り場のクラブに行き、夜中をそこで過ごした。そのクラブには、絶えずロックの音楽が流れ、デイヴ、チョーキーらが集まっていた。ジミーはその店で見つけた娘ステフに関心を寄せていた。モッズの間では、ロッカーズとの対決の話題でここのところもちきりだった。ロッカーズとは、お互いに軽蔑し合う仲で、ことあるごとに衝突していたのだ。次の週末には、“ブライトン・ビーチ”で勝負をつけることになっておりジミーはスーツを新調し、クスリを大量に手に入れ、その日の来るのを待った。いよいよ、決闘の日が近づき、ブライトン・ビーチに集まるモッズとロッカーズ。ステフも来ている。翌朝海岸通りをシュプレヒコールで歩くモッズとロッカーズの乱闘がはじまった。しかし、その決着がつかぬうちに、警官隊が出動した。ジミーとステフは狭い路地に逃げこみ、そこで2人は体を合わせた。留置場で一夜を明かし、戻って来たジミーは、母親から家を出るように言われ会社もクビになってしまった。ものにしたと思ったステフも今はデイヴの恋人になっていた。むなしいままに一人スクーターを走らすジミーは、いつのまにかブライトン海岸に来ていた。(MovieWalkerより抜粋)

 「モッズ」とは、イギリスはロンドン近辺で60年代に大ブームになった音楽やファッションをベースとしたライフスタイルの事。
 その起源は50年代後半にさかのぼるようで、当時流行していたモダン・ジャズ狂の比較的裕福な中産階級の若者たちを指していた「モダニスト」が、「モダーンズ」になり、さらに縮まって「モッズ」になったというのが定説のようであります。

 モッズの間では、以下のような定番アイテムがありました。
 ・R&B、ジャズ、ブルー・ビートなどのブラック・ミュージック
 ・3つボタンスーツ、ミリタリー・パーカー(モッズ・パーカー)
 ・スクーター(べスパ、ランブレッタ)

 大学生の頃、元祖モッズ・アイドル、フーやネオ・モッズのカリスマバンド、ジャムあたりを聴きかじり始めたのをきっかけに、かつての「モッズ」ムーブメントに好奇心を寄せてはいたのですが、これがいまひとつピンとこない。要するに、当時のロンドンの熱さが伝わってくるような情報に飢えていたといいますか。
 その意味で、フーのアルバム「四重人格」をベースに制作されたこの「さらば青春の光」を観た後は、かなりすっきりしたような記憶があります。
 青春映画としての出来栄えもさることながら、60年代のモッズの生態を知るのに打ってつけのバイブルムービーとして、その資料性もありがたかったわけです。
 さすがに、スクーターまでは購入しませんでしたが、店主は早速、原宿でモッパーを買い求めてしまいました。

 ちなみに、モッズご用達のスクーターとして、主人公ジミーが乗っているのは、「ランブレッタ」というメーカーのもの。一方、ジミーが憧れるエース(演じているのはあのスティング!)の愛車は、お馴染み「ヴェスパ」の最高級モデルです。
 昔聞いた話ですが、労働者階級のモッズは、不本意ながらその廉価性から「ランブレッタ」を選んだそう。
 ブームというものは、熱病のようにクラスターの垣根を越えて広がっていく過程で、ある種の格差をはらみながら膨らんでいくのは、今も昔も変わらないということでしょうか。

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 お盆に帰省すると、県美か十和田の現代美術館を訪れるのを楽しみにしております。
 2006年、2008年と立て続けにオープンした両館ですが、展覧会の提案力もさることながら、建築物としてのユニークさにも観るべきものがあるし、なんといっても、故郷におけるアート体験では、東京でのそれと違った感慨、空気感を味わえるのがとってもよいのです。

 この夏足を運んだのは、県美で開催中の「美少女の美術史」展。
 タイトルからは、ついついオタク垂涎のお宝イラスト、フィギィア満載祭りを想像してしまうのですが、本展はそんな予想を見事に裏切る内容でありました。
 もちろん、そういったカテゴリーも当然出品されてはいます。霞が関が推進するクールジャパン運動の最強兵器であり、現代日本カルチャーの象徴的概念である「美少女」を語る上ではずすわけにはいきません。
 ただ、美術館サイドの狙いどころはそこではなくて、本展の全体像からすると、浮世絵~近代美人画~戦前の少女雑誌~戦後の漫画やアニメ~現代ポップアートと連なる「美術史」スタイルをとっており、鑑賞者が今に至る「美少女」イメージのルーツ探しができるような構成になっているわけです。

 店主自体、今年は、上野でバルテュス展を観たり、当店での金子國義氏(今回の県美にも、澁澤龍彦が所蔵していたという少女画が出品されておりました)のプチ展覧会開催と、「少女」という美術テーマに向き合う機会が多い年になりました。
 なおさらなのですが、やっかいなテーマであるとの認識も深まっていたりします。
 「美人画」だとすんなり美術的評価対象になるものが、「美少女画」?だとすんなりいかなくなる。男性視点を介した途端、少女という存在は俄然危ういものに転化する傾向を秘めていますから。

 「美少女」展を企画した、青森、静岡、島根の県立美術館キュレーター三人組(本展は静岡、島根と巡廻いたします)が喧々諤々の末導き出した、出品作選定の際の目安とした「少女」の定義を紹介しておきます。
 『象徴的に誰のものにもなっていない女性を理念的に表現したもの』

 やはり、「少女」とは、やっかいなしろもののようであります。


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 タカノ綾 精霊船にのって
 2014(平成26)年

 巨大なバルーン少女は、黒い管から空気を送り込んで膨らませてあります。
 後方にみえているのは、県美が誇るシャガール作のバレエ「アレコ」のための舞台背景画。


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 橋本明治 七五三
 1928(昭和3)年


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 内藤ルネ 『ジュニアそれいゆ』第32号表紙絵
 1960年(昭和36)年


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 手塚治虫 「リボンの騎士」『なかよし』1964年6月号 ふろく表紙絵
 1964(昭和39)年


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 Mr. Goin To A Go-go!!
 2014(平成26)年






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by arkku | 2014-09-04 09:04 | 雑記