カテゴリ:金曜アルック座( 65 )

 アルック座でとりあげる映画は、店主が原則映画館で観たもの、もしくは、公開後何らかのきっかけで観たくなって、止むを得ずDVD等で観たものであります。
 今回は、そんな原則から一脱いたします。
 店主も初めて観ることになるのが今夜の一本は「ニューヨークの巴里男」。
 
 しかも、本作は、ニューヨークで映画製作を学んだというフランス人監督セドリック・クラピッシュが15年かけて撮りあげた「グザヴィエ・シリーズ」という3部作の完結編。
 残念ながら、前2作品もまた観ておりません。ツイッター上では、前2作未見でも楽しめるという人も、楽しめないという人も。
 さて、どうなる。

恋愛ジプシーに別れを告げ、今や2児の父となり、腰を落ち着けたかに見える、40歳のグザヴィエ。小説家としてもそこそこ人気を得て、そのまま順風満帆な人生を送るはずが ……青天の霹靂、またも大ピンチに見舞われる。妻から三行半を突き付けられたグザヴィエは、子供の育て方の不一致を解消するため、妻子を追いかけてNYで暮らすことに。不惑の40歳のはずが、アッパーな暮らしをおくる妻の今カレと、友人宅に居候する自分との差に愕然とし、友人の浮気騒動に巻き込まれ、移民局に目をつけられ、今度はNYの町を東西奔走。予期せぬ出来事ばかりに見舞われてしまう――。(web DICEより)

 一人の男性の人生を同じ監督が同じ俳優で製作するのは、20年間で5作撮られたトリュフォーのアントワーヌ・ドワネルものが有名ですが、「何より、彼らのその後が自分でも観たかった」というクラピッシュ監督の制作動機どおり、映画的にみて興味深い登場人物(=俳優)にも年齢を重ねることで生活状況の変化が起こり得るのは必然なわけで、これは否応なしに興味をそそるわけです。
 グザヴィエ演じるロマン・デュリスが実生活でも子持ちになったことは、本作の成立に大きく寄与しているという監督の発言もありますしね。

 いつものように夜7時からスタート。
 楽しみです。

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 ”好きな映画がロードショー公開された季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「ロッキー」。
 38年前の1976年11月21日に公開されました。

 テレビドラマ一本分ほどの低予算で撮られながら、アカデミー作品賞に輝いた本作のヒットにより、この後、6作目までシリーズ化された「ロッキー」ですが、店主的には、この1作目と2作目以降のシリーズは 全く異質な別物ととらまえております。

 三流ボクサー、ロッキー・バルボアは、ひょんなことから世界チャンピオンと対戦するチャンスに恵まれます。
 ジョッキ一杯の生卵を飲み干し、くたびれたスエット姿で、夜明け前のフィラデルフィアの街を美術館に向けて一人走り出すロッキー。対戦に向けて、こうしてトレーニングを初めた彼でしたが、誰がみてもこの時点では、世界チャンピオンが待ち受けるリングはとてつもなく高い頂のように思われます。
 しかしながら、徐々に広がっていく善意の輪に支えられ、ロッキーはどうにかこうにか「スラムを代表する挑戦者」としてリングに上がる日を迎えられます。
 
 

 ロッキーが「生身の人間」として描かれていたのは本作にとどまっていて、これ以降の一連のシリーズは、ある意味「ロッキー」のパロディムービーといえるかもしれません。
 店主にとって、ギリシャ彫刻のような筋肉をまとい、この世のものとは思えないような強敵を倒していく超人ロッキーに、明け方の凍てついたフィラデルフィアの街をよれよれスエットで走っていたロッキーを重ねることは、飛躍の域を超えているものがあります。

 ところで「ロッキー」には、もう一つのエンディングが用意されていた事実をご存知でしょうか。
 リング上でエイドリアンと抱擁を交わすロッキーの腫れあがった顔の大写しで終わるお馴染みの幕切れとは別に、控室で待っていたエイドリアンとロッキーが連れ立って、会場の裏口からひっそり出て行ってお終いというもの。(こちらのシーンはポスターにその名残りをとどめております。↓)
 アメリカンドリームというお伽話を終わりにして、ささやかなる現実世界へ二人して帰ることを暗示するようなこちらの結末もまたよいですねぇ。
 もしも採用されていたとしたら、自分というものの証明を一義にした戦いに挑む男のストーリーという本質が、よりすっきり伝わってくるラストになったであろうと思います。
 

 大根も名優へと変貌を遂げる。
 「脚本家」スタローンが周囲の反対を押切って、自作「ロッキー」の主役にこだわり、それは本人の確信通りはまり役になりました。
 そしてフィラデルフィア美術館の正面階段を駆け上るロッキーさながらに、彼がスターの座を勝ち取りアメリカンドリームを成し遂げた「ロッキー」。
 いつものように、夜7時くらいからスタートします。
 お楽しみに。

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 9月9日は、パリ生まれのフランス人作曲家、エリック・セラの55回目の誕生日でした。

 いうまでもなくセラは、リュック・ベッソン監督がメジャーデビューする前から最新作「LUCY」に至るまでの作品すべてのスコアラー。
 フェデリコ・フェリーニ監督と名作曲家ニーノ・ロータの関係も、ロータが亡くなるまで続きましたが、フェリーニ最晩年の作品のなかには、ロータの音楽で観たかったと思わせるものもやはりあったりします。
 ベッソン=セラも間違いなく映画史に残る名コンビ。そして、二人の映像と音楽が映画という総合芸術において最高の形で結実をみせたのが、「グラン・ブルー」であるということで異論は出ないでしょう。

 「グラン・ブルー」のクランクイン前、ベッソン、セラ、そしてジャン・レノの三人は、地中海でのダイビングに2か月もの間明け暮れていたそうです。
 毎日海に潜り、毎日海に魅入られた主人公の気持ちを思い、毎日この映画を作る意味を考える。
 イルカの鳴き声を模したソプラノサックスが哀愁を帯びて響き渡るあの見事なオープニングで始まる、この「海を感じる映画」の導き役である音楽は、映画音楽家らしからぬ映画作りへのこうしたアプローチによって創造されていたわけであります。

 エリック・セラのあるあるを少し。
 リュック・ベッソンとは同い年。
 ベッソン監督「サブウェイ」では、パリの地下世界の住民たちが結成する怪しいバンドのベーシスト役で出演。
 「グラン・ブルー」のサウンドトラックは、ほとんどセラ自身が楽器を担当した多重録音。映画のラストに流れる「マイ・レディ・ブルー」では、情感豊かな歌まで披露。

 というわけで、今夜のアルック座は「グラン・ブルー」です。
 今回は、少しセラの音楽に気持ちを傾けて観てみるとしましょう。
 いつものように、午後7時くらいからスタート。
 お楽しみに。

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エリック・セラ(左)とリュック・ベッソン(右)





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 ”好きな映画がロードショー公開された季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「さらば青春の光」。
 35年前の1979年9月14日に公開されました。

ジミーは、広告代理店のメイル・ボーイをしている。仕事はつまらないが、給料は悪くないので、洋服代と散髪代とクスリ代には困らない。会社がひけるとジミーは、モッズの溜り場のクラブに行き、夜中をそこで過ごした。そのクラブには、絶えずロックの音楽が流れ、デイヴ、チョーキーらが集まっていた。ジミーはその店で見つけた娘ステフに関心を寄せていた。モッズの間では、ロッカーズとの対決の話題でここのところもちきりだった。ロッカーズとは、お互いに軽蔑し合う仲で、ことあるごとに衝突していたのだ。次の週末には、“ブライトン・ビーチ”で勝負をつけることになっておりジミーはスーツを新調し、クスリを大量に手に入れ、その日の来るのを待った。いよいよ、決闘の日が近づき、ブライトン・ビーチに集まるモッズとロッカーズ。ステフも来ている。翌朝海岸通りをシュプレヒコールで歩くモッズとロッカーズの乱闘がはじまった。しかし、その決着がつかぬうちに、警官隊が出動した。ジミーとステフは狭い路地に逃げこみ、そこで2人は体を合わせた。留置場で一夜を明かし、戻って来たジミーは、母親から家を出るように言われ会社もクビになってしまった。ものにしたと思ったステフも今はデイヴの恋人になっていた。むなしいままに一人スクーターを走らすジミーは、いつのまにかブライトン海岸に来ていた。(MovieWalkerより抜粋)

 「モッズ」とは、イギリスはロンドン近辺で60年代に大ブームになった音楽やファッションをベースとしたライフスタイルの事。
 その起源は50年代後半にさかのぼるようで、当時流行していたモダン・ジャズ狂の比較的裕福な中産階級の若者たちを指していた「モダニスト」が、「モダーンズ」になり、さらに縮まって「モッズ」になったというのが定説のようであります。

 モッズの間では、以下のような定番アイテムがありました。
 ・R&B、ジャズ、ブルー・ビートなどのブラック・ミュージック
 ・3つボタンスーツ、ミリタリー・パーカー(モッズ・パーカー)
 ・スクーター(べスパ、ランブレッタ)

 大学生の頃、元祖モッズ・アイドル、フーやネオ・モッズのカリスマバンド、ジャムあたりを聴きかじり始めたのをきっかけに、かつての「モッズ」ムーブメントに好奇心を寄せてはいたのですが、これがいまひとつピンとこない。要するに、当時のロンドンの熱さが伝わってくるような情報に飢えていたといいますか。
 その意味で、フーのアルバム「四重人格」をベースに制作されたこの「さらば青春の光」を観た後は、かなりすっきりしたような記憶があります。
 青春映画としての出来栄えもさることながら、60年代のモッズの生態を知るのに打ってつけのバイブルムービーとして、その資料性もありがたかったわけです。
 さすがに、スクーターまでは購入しませんでしたが、店主は早速、原宿でモッパーを買い求めてしまいました。

 ちなみに、モッズご用達のスクーターとして、主人公ジミーが乗っているのは、「ランブレッタ」というメーカーのもの。一方、ジミーが憧れるエース(演じているのはあのスティング!)の愛車は、お馴染み「ヴェスパ」の最高級モデルです。
 昔聞いた話ですが、労働者階級のモッズは、不本意ながらその廉価性から「ランブレッタ」を選んだそう。
 ブームというものは、熱病のようにクラスターの垣根を越えて広がっていく過程で、ある種の格差をはらみながら膨らんでいくのは、今も昔も変わらないということでしょうか。

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 ”好きな映画がロードショー公開された季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「ブレードランナー」。
 32年前の本日6月25日に公開されました。

2019年、地球環境の悪化により人類の大半は宇宙に移住し、地球に残った人々は人口過密の高層ビル群が立ち並ぶ都市部での生活を強いられていた。宇宙開拓の前線では遺伝子工学により開発された「レプリカント」と呼ばれる人造人間が、奴隷として過酷な作業に従事していた。レプリカントは、外見上は本物の人間と全く見分けがつかないが、過去の人生経験が無いために「感情移入」する能力が欠如していた。ところが製造から数年経てば彼らにも感情が芽生え、人間に反旗を翻す事態にまで発展した。しばしば反乱を起こし人間社会に紛れ込む彼等を「処刑」するために結成されたのが、専任捜査官“ブレードランナー”である。

タイレル社が開発した最新レプリカント"ネクサス6型"の男女6名が人間を殺害し脱走、シャトルを奪い、密かに地球に帰還し潜伏していた。人間そっくりなレプリカントを処刑するという自らの職に疑問を抱き、ブレードランナーをリタイアしていたデッカードだったが、その優秀な能力ゆえに元上司ブライアントから現場復帰を強要される。捜査のためにレプリカントの開発者であるタイレル博士に面会に行くが、タイレルの秘書レイチェルの謎めいた魅力に惹かれていく。

レプリカントを狩ってゆくデッカードだが、やがて最後に残った脱走グループのリーダーであるバッティとの対決の中で、彼らが地球に来た真の目的を知る事になる。(ウィキペディアより)


 舞台は2019年のロサンゼルス。
 ただ、ここには、アメリカ西海岸の象徴、明るい太陽と青空はどこにもありません。こんなところには住みたくないなという嫌悪感すら抱かせる、酸性雨の降りしきる環境汚染都市に成り果てたLA。
 ハリソン・フォード演じる主人公がスシバーで注文するくだりをはじめ、看板や会話に小道具として日本語が多用されているのも、近未来のカオス的都市像を形成するのに一役買っております。監督リドリー・スコットが来日した際訪れた新宿歌舞伎町が発想元といわれておりますが、最近ネット上で話題になった一枚の写真に、あらためてその裏がとれたような気が。
 バーチャルアイドル、冷戦時代を思わせるような不穏な電光ニュース、そして妖しく光る看板の重なり...。
 まさに、本作に登場するLAを彩る猥雑なアートデイレクションそのままで。

 
 本作では、「機械」対「人間」というサイバーパンク作品にありがちな図式に心躍らすというよりは、感情を持ちえてしまったが故に悩む「機械」の悲哀の方に心が揺さぶられます。
 80年代を代表するカルトムービー中のカルトムービーをどうぞご堪能あれ。

 いつものように、午後7時くらいからスタートいたします。
 

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