アイム・ノット・ゼア

 ノーベル賞受賞が発表されてからというもの、何かとお騒がせなボブ・ディラン。
 どうやら受賞の意志はあるようですが、「式典には行けたら行く」というつれないコメントに相変わらず関係者はヤキモキしているようであります。
 今夜のアルック座は、そんな今旬な人、ボブ・ディランの半生を描いた「アイム・ノット・ゼア」。
 9年前の11月21日ロードショー公開(米)されました。

19世紀フランスの詩人アルチュール・ランボー(ベン・ウィショー)は「なぜプロテスト・ミュージックをやめたのか?」という尋問を受けている。1959年、「ファシストを殺すマシン」と書かれたギターケースを持つ黒人少年ウディ(マーカス・カール・フランクリン)は黒人ブルース・シンガーの家に転がり込む。しかし老母に「今の世界のことを歌いなさい」と言われ、再び旅に出る。列車で強盗団に襲われた彼は白人女性に助けられるが、少年鑑別所から電話がかかってくる。60年代後半のプロテスト・フォーク界で、ジャック・ロリンズ(クリスチャン・ベール)は中心的存在となる。しかしパーティのスピーチでJFKの殺害犯を称え反感を買い、身を隠す。約20年後、彼は教会でジョン牧師と名乗っていた。ベトナム戦争が本格化した1965年、新人俳優ロビー(ヒース・レジャー)は、美大生クレアと出会い、結婚する。しかし次第に2人の感情はすれ違い始める。1973年、ベトナム戦争からの米軍の撤退のニュースを見ていたクレアは離婚を決意する。1965年、ジュード(ケイト・ブランシェット)はロックバンドを率いてフォーク・フェスティバルに出演し、ブーイングを受ける。彼はバンドと共にロンドンに向かい、ニューヨークの人気モデル、ココ・リヴィングトンと出会う。ライブで再びロックを演奏し、パーティ会場で悪態をついた彼は会場を後にするが、地面に倒れ込む。西部の町リドルでビリー(リチャード・ギア)は隠遁生活を送っていた。ハイウェイ建設のため町民に立ち退き命令が下る。ビリーはその黒幕がギャレット長官であることを突き止め、ギャレットの演説会で彼の悪行を非難する。町民たちはその言葉で一斉蜂起を始める。ビリーは新たな旅先を目指し、旅に出る。彼のギターケースには「ファシストを殺すマシン」と書かれていた。 (KINENOTOより)

 なんとも意味不明な映画と判断されそうなあらすじでありますが、それもそのはず本作は、ディランを連想させる登場人物を6人の俳優が演じた6つのストーリーから構成されているのでした。
 一見オムニバス形式の作品にはみえるのですが、それぞれのストーリーには脈絡がないわけではなく、ディランのファンであれば、彼のキャリアのなかのターニング・ポイントとなったエピソードに重ね合わせて観ることができるでありましょう。
 
 さてご承知のように、ディランは白人男性ですが、おもしろいのは、人種はおろか、性別まで超越した俳優陣のラインナップです。
 多分に実験的な構成にはなっておりますが、一筋縄ではいかないディランの多面性を描き出すには、効果的なキャステイングであったと思います。
 現実には1人の人間であるボブ・ディランを、6つの違ったパーソナリティーを持つボブ・ディランであぶり出そうとした監督トッド・ヘインズ。
 奇才の面目躍如といったところでしょうか。

 いつものように夜7時くらいからスタート。
 お楽しみに。
 
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