24アワーズ・パーティ・ピープル

 5月18日は、ジョイ・ディヴィジョンのボーカリストであり、作詩を担当していた、イアン・カーティスの36回目の命日でした。
 27クラブ(ブライアン・ジョーンズ、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソンをはじめ、27歳で他界したミュージシャンたちを指します)の入会資格にまだまだ満たない23歳という若さでの自死。
 悪化する癲癇の発作や、愛人絡みの色恋沙汰による心身の疲弊が引き金になったとされてます。
 それは、ポスト・パンクを牽引するバンドのフロントマンとして注目度もうなぎ登りの最中のことであり、成功が見込まれた初全米ツアーへ旅立つはずだった前日のことでありました。

 たとえば、前出のジム・モリソンを失ったドアーズはその後も活動を続けましたが、かつての輝きを取り戻すことなく、表舞台から消えていきました。
 さて、同じようにカリスマを失ったジョイ・ディヴィジョンのメンバーたちはというと、「ニュー・オーダー」となり、皮肉にも、イアンが亡くなった月曜日のことを歌った「Blue Monday」がヒットチャートを駆け上がり、これ以降、モンスターバンドへと飛躍することになります。

 イアンの命日から一週間後、先々日行われたニュー・オーダーのライブのアンコールでは「 Love Will Tear Us Apart」(ジョイ・ディヴィジョンのナンバー。ある意味セルフカバーともいえますね。)が演奏されました。
 追悼の意もあったのでしょう。ステージ後方のスクリーンにはイアンのポートレートが映し出されておりました。

 今夜のアルック座は、ジョイ・ディヴィジョン、そしてニュー・オーダーが所属していた、世界一メジャーな?インディ・レーベル、ファクトリー・レコードの成功と破綻を描いた嘘のような本当の物語、「24アワー・パーティ・ピープル」です。

 1976年6月4日、不況の嵐が吹き荒れるマンチェスターのレッサー・フリー・トレイド・ホールで行われたセックス・ピストルズのライヴ。観客は42人、その中には後にシンプリー・レッドを結成するミック・ハックネル、後にジョイ・ディヴィジョンとなるワルシャワのメンバー、後にバズ・コックスのメンバーとなるハワード・ディヴォード、後にザ・スミスのメンバーとなるモリッシー、ニュース・キャスターであり後にファクトリー・レコードを創設するトニー・ウィルソンがいた。
 物語はウィルソンと4人の若者によるサクセス・ストーリー。俳優のアラン・イラズマス、マネージャーのロブ・グレイトン、プロデュ−サーのマーティン・ハネット、そして後にニュー・オーダーなどファクトリー所属アーティストのアルバムジャケットなどを手掛けるようになるピーター・サヴィル。そしてウィルソンが創設したファクトリー・レコードから生まれた音楽、そのファクトリーが手掛けた大型クラブ「ハシエンダ」がひとつのムーヴメント、時代、伝説を築き上げていくが...。(ウィキペディアより)

 ところで、ファクトリー・レコード創設者のトニー・ウィルソンをはじめ、マンチェスターを音楽シーンの最重要都市へと変貌させる立役者たちが集った伝説のピストルズのギグに、実はイアン・カーティスは遭遇していません。(正確には、同年7月20日に行われた2回目のギグは観ているとのこと)
 そういった意味で、転んでもただでは起きない破天荒で夢多き「ファクトリー・ファミリー」の男たちと、内面世界に深く没して孤独に打ち震える詩を綴ったイアン・カーティスとは、当初からどこか運命のずれがあったのかもしれません。


 いつものように夜7時からスタート。

 お楽しみに。

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by arkku | 2016-05-27 07:25 | 金曜アルック座 | Trackback | Comments(0)
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