”好きな映画がロードショー公開された月日に合わせて鑑賞することで当時の季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「インサイド・ルーウィン・ディヴィス 名もなき男の歌」。
 3年前の2013年12月6日に公開されました。

1961年、NYのグリニッジ・ヴィレッジ。ライブハウスで歌うフォーク・シンガーのルーウィン・デイヴィスは、最近何をやっても裏目に出てばかり。一文無しで知り合いの家を泊まり歩く日々。つい手を出した女友達からは妊娠したことを告げられ、おまけに仕方なく預かるはめになった猫にも振り回される始末。山積みになったトラブルから逃げ出すようにルーウィンはギターと猫を抱えて旅に出る。年老いた父との再会の末、とうとう歌をやめて父と同じ船員に戻ろうと決意するが、それさえもうまくいかない。旅から戻り打ち拉がれたルーウィンはまたNYのライブハウスにいた。歌い終えたルーウィンがふとステージに目をやると、そこにはやがてフォークの世界を大きく変えることになる無造作な身なりの若者の姿が...(公式サイトから抜粋)

 ディラン以前のフォーク・シンガーというと、ウディ・ガスリーやピート・シーガーくらいしか名前が出てきませんが、本作主人公のルーウィンにはモデルがおりまして、そのディランが駆け出しの頃憧れていたというデイヴ・ヴァン・ロンクなるフォーク歌手がその人。
 この人物の回顧録を下敷きに、コーエン兄弟が脚本を書き、監督したのが本作になります。

 1961年のNY、フォーク・クラブのメッカだったグリニッジ・ビレッジが舞台というのがまず興味深いですね。
 となると、その直後、時代の寵児になるボブ・ディランあたりにスポットをあてたくなるところですが、入れ替わるように人々の記憶から失われていったディランの5歳年上となる先輩格ミュージシャンが主人公のモデルというのがな珍妙なる悲喜劇を得意とするコーエン兄弟らしい。
 特筆すべきは、撮影が「アメリ」を撮ったブリュノ・デルボネル。
 このセザール賞を獲ったフランス人カメラマンが、冬のグリニッジ・ビレッジをどんな風に切り取って魅せてくれるのか要注目です。
 

 あと、映画の設定上、演奏シーンが見どころになりそうですが、ルーウィン演じるオスカー・アイザックの歌とギターは玄人はだしの腕前。
 今注目俳優の彼、実はジュリアード音楽院卒という経歴を持っているらしいので、それも納得の業であります。

   
 いつものように、夜7時くらいからスタート。
 お楽しみに。

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 ”好きな映画がロードショー公開された月日に合わせて鑑賞することで当時の季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「グッバイガール」。
 39年前の1977年11月30日に公開されました。

 「役者の男なんてもうごめん。」
 固く心に決めた元ダンサー、ポーラでしたが、突然、彼女と娘ルーシーを捨てた男の役者仲間だという男が、二人のアパートを訪ねてくる。捨てた男が、彼、エリオットに部屋を又貸ししたのだ。互いの主張は折り合わず、やむなく共同生活をする羽目になった三人でしたが...

 元ダンサーのポーラに、マーシャ・メイソン、売れない役者エリオットに、リチャード・ドレイファス。
 二人のうまい役者をそろえて、脚本がニール・サイモンとくれば、映画の仕上がりが極上のものになるのは約束されたようなものですが、この映画のもう一人の立役者が、ポーラの一人娘ルーシー役のクィン・カミングス。
 当時10才の彼女。可愛らしいだけではなく、表現力豊かに「おとなこども」を演じて、二人のベテランと見事に渡り合っております。

 本作で、忘れがたいシーンのひとつが、エリオットとルーシーが馬車に乗ってニューヨークの街中を行く場面です。
 ポーラとエリオットの恋の行く末を不安に思ってふさぎ込むルーシーを励まそうと、馬車をレンタルしてきたエリオット。
 二人の背景には、流れるように映り過ぎていく初冬のニューヨークの街並み。
 「さあ、お馬さんの尻尾で涙をふいて。」
 子供扱いすることなくルーシーに向き合い、懸命に思いを伝えようとするエリオットの愛に溢れた美しいシーンであります。

 ちなみに、10月29日は、リチャード・ドレイファスの誕生日でした。
 「アメリカン・グラフィティ」で卒業したての高校生を演じていた彼も、69歳になっております。
 映画出演のオファーを受けてハリウッドに旅立つことを決意したエリオットにポーラは言います。
 「どうせならアカデミー賞を獲れるような俳優になってね。」

 若い頃から劇団公演でもまれ、ハリウッドの大作主演に抜擢されるまでになるリチャード・ドレイファスのキャリアは、まるまるエリオットの役どころに重なる部分も多く、彼お得意の、小柄な体型を生かしたコミカルな立ち振る舞いや軽妙なセリフ回しもばっちりはまり、本作において、史上最年少30歳の若さでアカデミー主演男優賞を現実に射止めることになりました。

 いつものように金曜夜7時からスタート。
 お楽しみに。
  
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 毎月最終土曜の夜恒例、アルック・プレゼンツ・”アマデュオス”ボサノバ投銭ライブを週末26日に開催します!
 
 3回ステージ(演目は各回変わります)で、1st・PM7時 2nd・PM8時 3rd・PM9時、それぞれスタート。
 ワンステージだけでも、通しで全部聴かれても、お客様次第でOK。

 元々ノンチャージの当店ですが、今回も席料等はございません。
 ただし、彼らの演奏を聴かれて応援したくなったお客さまのために?、投銭入れをご用意いたしますので、お会計の際チャリ~ンと入れていただければ幸いです。

 晩秋の夜、荻窪のちいさなカフェで、ボサノバ・ギターの調べをごゆるりとお楽しみください。


 【お問合せ・ご予約】080・2331・7608(カフェ専用携帯)











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 11月21日は、ゴールディ・ホーンの誕生日であります。
 今や「ケイト・ハドソンのママ」との肩書きの方が世間的に通りの良い彼女ですが、70年代~80年代のハリウッドにおいては、その美貌とコミカルなキャラで、コメディの女王として君臨しておりました。
 というわけで、今夜のアルック座は店主一押し、ゴールディの魅力が弾けまくる傑作、「ファール・プレイ」。

世界各国を歴訪中で、まもなくサンフランシスコを訪問するローマ教皇の案内役を務める予定のサンフランシス大司教が何者かに殺害された。

数日後、図書館司書のグロリアは気晴らしに行ったパーティーからの帰り道、ヒッチハイカーの若い男を拾い上げるが、その男は彼女に1本のフィルムを預け、後日映画館での再開を約束し、車を降りていった。その日、映画館には約束どおり男が現れるが、深手を負っていた男は「殺人がある。小人に気をつけろ」という言葉を残し事切れてしまう。

その日を境にグロリアは白皮症の男から執拗に付きまとわれるようになる。彼女は刑事のトニーに助けられ、捜査に乗り出す。

その結果、グロリアが拾った男は政府の秘密情報員であり、大司教殺害事件を追っていたこと、暗殺者が“小人”と呼ばれている人物であることが判明する。

やがて、2人は暗殺者の次の標的がローマ教皇であることを知り、暗殺阻止に向けて動きだす。(ウィキペディアより)

 監督コリン・ヒギンズは筋金入りのヒッチコキアン(ヒッチコック狂)で有名。
 本作にしても、要人暗殺というプロットは「知りすぎていた男」のオマージュであるし、そのほかにもヒッチコック作品のパロディーがあちらこちらに散りばめられていて、ヒッチコック好き、映画好きには宝探しのような楽しみ方もできてしまいます。

 当然、大筋はサスペンス仕立てなのですが、この監督が一筋縄では行かないのが、そのコメディーセンス。
 色魔の指揮者役に、イギリスのコメディアン、ダドリー・ムーアを引っ張り出してきたり、バージェス・メレディスとレイチェル・ロバーツにスラップステッィク調のカンフー対決をさせたりと変幻自在。

 教皇が観劇するオペラが、なんとも奇妙な東洋趣味に彩られた「ミカド」(実在します...)というのも笑えます。
 
 そして、なんといっても主演は、顔の半分も占めそうな大きなお目目のゴールディ・ホーン。
 公開当時33歳。おそらく、このキュート過ぎるブロンドが恐怖に慄き悲鳴を上げる度に、逆に映画館は沸いたはず。
 ヒッチコックがブロンドビューティーと恐怖心理という映画作りの枠組みにこだわったことを思うと、本作最大のパロディーは、ハリウッドを代表するコメディアンヌ、ゴールディを主役に据えたことなのかもしれません。

 ちなみに、実現には至りませんでしたが、ゴールディの実娘ケイト・ハドソン主演で「ファール・プレイ」のリメイク話が一時期あったそうです。
 残念。

 いつものように、午後7時ごろスタートします。
 お楽しみに。






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 ノーベル賞受賞が発表されてからというもの、何かとお騒がせなボブ・ディラン。
 どうやら受賞の意志はあるようですが、「式典には行けたら行く」というつれないコメントに相変わらず関係者はヤキモキしているようであります。
 今夜のアルック座は、そんな今旬な人、ボブ・ディランの半生を描いた「アイム・ノット・ゼア」。
 9年前の11月21日ロードショー公開(米)されました。

19世紀フランスの詩人アルチュール・ランボー(ベン・ウィショー)は「なぜプロテスト・ミュージックをやめたのか?」という尋問を受けている。1959年、「ファシストを殺すマシン」と書かれたギターケースを持つ黒人少年ウディ(マーカス・カール・フランクリン)は黒人ブルース・シンガーの家に転がり込む。しかし老母に「今の世界のことを歌いなさい」と言われ、再び旅に出る。列車で強盗団に襲われた彼は白人女性に助けられるが、少年鑑別所から電話がかかってくる。60年代後半のプロテスト・フォーク界で、ジャック・ロリンズ(クリスチャン・ベール)は中心的存在となる。しかしパーティのスピーチでJFKの殺害犯を称え反感を買い、身を隠す。約20年後、彼は教会でジョン牧師と名乗っていた。ベトナム戦争が本格化した1965年、新人俳優ロビー(ヒース・レジャー)は、美大生クレアと出会い、結婚する。しかし次第に2人の感情はすれ違い始める。1973年、ベトナム戦争からの米軍の撤退のニュースを見ていたクレアは離婚を決意する。1965年、ジュード(ケイト・ブランシェット)はロックバンドを率いてフォーク・フェスティバルに出演し、ブーイングを受ける。彼はバンドと共にロンドンに向かい、ニューヨークの人気モデル、ココ・リヴィングトンと出会う。ライブで再びロックを演奏し、パーティ会場で悪態をついた彼は会場を後にするが、地面に倒れ込む。西部の町リドルでビリー(リチャード・ギア)は隠遁生活を送っていた。ハイウェイ建設のため町民に立ち退き命令が下る。ビリーはその黒幕がギャレット長官であることを突き止め、ギャレットの演説会で彼の悪行を非難する。町民たちはその言葉で一斉蜂起を始める。ビリーは新たな旅先を目指し、旅に出る。彼のギターケースには「ファシストを殺すマシン」と書かれていた。 (KINENOTOより)

 なんとも意味不明な映画と判断されそうなあらすじでありますが、それもそのはず本作は、ディランを連想させる登場人物を6人の俳優が演じた6つのストーリーから構成されているのでした。
 一見オムニバス形式の作品にはみえるのですが、それぞれのストーリーには脈絡がないわけではなく、ディランのファンであれば、彼のキャリアのなかのターニング・ポイントとなったエピソードに重ね合わせて観ることができるでありましょう。
 
 さてご承知のように、ディランは白人男性ですが、おもしろいのは、人種はおろか、性別まで超越した俳優陣のラインナップです。
 多分に実験的な構成にはなっておりますが、一筋縄ではいかないディランの多面性を描き出すには、効果的なキャステイングであったと思います。
 現実には1人の人間であるボブ・ディランを、6つの違ったパーソナリティーを持つボブ・ディランであぶり出そうとした監督トッド・ヘインズ。
 奇才の面目躍如といったところでしょうか。

 いつものように夜7時くらいからスタート。
 お楽しみに。
 
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 ”好きな映画がロードショー公開された月日に合わせて鑑賞することで当時の季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「グランドフィナーレ」。
 1年前の2015年12月4日に公開(米国)されました。

 さてこの映画ですが、フェリーニの継承者、21世紀の映像の魔術師といった最大級の賛辞を集める、イタリアの奇才パオロ・ソレンティーノの最新作であり、今年83歳となる名優中の名優、マイケル・ケインの最新主演作でもあります。 
 ところで、一糸まとわぬダイナマイトボディを前にして、唖然たる面持の爺さん二人。
 アルック座らしからぬ、なんとも悩ましい宣伝ポスターでありますが、ご安心あれ。(日本版ポスターは、女性客を意識したせいでしょうか、ぐっとおとなしいものに変更されております。)これは、本作のテーマ(原題:YOUTH = 若さ)を意識させる象徴的、かつ笑いどころとなるシークエンスからのカットなのです。
 
 店主はこの春Bunkamuraで観たのですが、ソレンティーノ監督の綾なす圧倒的な映像美は、評判通りの力量を感じさせてくれるのに充分でした。
 失われてしまった時間に対する老人の悔恨をセンチメンタルに過ぎるとする批評家もいるようでありますが、非日常的世界に身を委ねさせてくれるのが、映画芸術のもつ醍醐味の一端であるとしたら、アルプスの美しくも厳しい自然に抱かれた高級リゾートホテルに招き入れられた錯覚にしばし浸れる本品は間違いなく第一級です。
 スパで保養する老いた人々の群像ですら輝かんばかりの美しさを放っているのですから。
 一方で、引退した老境の音楽家を演じるマイケル・ケインの枯れた名演技も相まって、年を重ねることで得るもの、そして失うものを静かに啓示してくれる物語でもありました

 いつものように夜7時くらいからスタート。
 お楽しみに。

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毎月最終土曜の夜恒例、アルック・プレゼンツ・”アマデュオス”ボサノバ投銭ライブを本日29日に開催します!
 
 3回ステージ(演目は各回変わります)で、1st・PM7時 2nd・PM8時 3rd・PM9時、それぞれスタート。
 ワンステージだけでも、通しで全部聴かれても、お客様次第でOK。

 元々ノンチャージの当店ですが、今回も席料等はございません。
 ただし、彼らの演奏を聴かれて応援したくなったお客さまのために?、投銭入れをご用意いたしますので、お会計の際チャリ~ンと入れていただければ幸いです。

 深まりゆく秋の夜、荻窪のちいさなカフェで、ボサノバ・ギターの調べをごゆるりとお楽しみください。


 【お問合せ・ご予約】080・2331・7608(カフェ専用携帯)




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 さる10月1日は、「コーヒーの日」だったというのをご存じでしたか?
 コーヒー豆生産国の収穫期が9月にほぼ終了し、10月から新しい年度になることにちなんでおります。
 つまり、「コーヒー年度」の元旦ということですね。
 
 今夜のアルック座は、現代のコーヒーカルチャーを追った、知られざる「Seed to Cup(種からカップまで)」の物語をお送りします。
 世界中に足を運び、畑からカフェの現場まで、コーヒーの世界を美しく紡いだ本作を観たならば、思わず一杯注文したくなること請け合い。
 コーヒー好きはもちろん、コーヒーがちよっと苦手という人にとっても、この琥珀色の液体に囚われた人々の映像記録は興味深く観ていただけると思います。
 
 いつものように夜7時くらいからスタート。
 お楽しみに。






 

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 ”好きな映画がロードショー公開された季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「ある日どこかで」。
 36年前の1980年10月3日公開(米国)されました。
 
 ロシアロマン派の代表的な作曲家、セルゲイ・ラフマニノフの作品に、「パガニーニの主題による狂詩曲」というのがあります。
 25部の変奏曲から成る狂詩曲中、単独で演奏されることも多い有名なパートが第18変奏。
 映画「ある日どこかで」は、まさしくこの第18変奏が、ストーリーの重要な鍵に...。
 

1972年、脚本家志望のリチャードの処女作上演後のパーティー会場に、成功を喜ぶ彼を会場の隅から見ている上品な老女がいた。彼女はリチャードに歩み寄り、「私の所へ帰ってきて(Come back to me)」と言う不思議な言葉と共に懐中時計を手渡し去っていった。彼女が何者なのか知っている者は誰一人としていなかった。彼女はグランドホテルの自室に戻り、リチャードの書いた脚本を胸に抱いて、思い出のラフマニノフの曲を聴きながら、その夜静かに息を引き取った。8年後の1980年、脚本家となっていたリチャードは、原稿を求めに来る編集者から逃げるように、車で旅に出た。そしてドライブの途中で通りかかったグランド・ホテルに、引き寄せられたかのように宿泊した。ふと立ち寄ったホテル内の歴史資料室で、リチャードは背中に熱い視線を感じた。振り返ってみると、そこには若く美しい女性の写真が掛かっていた。ホテルの老ボーイに尋ねると、彼女はそのホテル内の劇場で1912年に公演をした女優であることを知る。リチャードは彼女についての調査に没頭し、写真の主は当時の人気女優エリーズ・マッケナであり、1912年以降活動しなくなったことを知る。また1972年のあの夜に彼女が亡くなったことも知る。そして、彼女の愛読書がリチャードの哲学教師の著書である「時の流れを超えて」であることに驚き、ここで「帰ってきて」の意味を悟った。当然のように、リチャードは「時間」という壁にぶつかってしまった。それからリチャードが取った行動は、運命の人を求めての、信じられない旅立ちだった。(ウィキペディアより抜粋加筆)

 本作をカテゴライズすると、一般的にはタイムトラベルものということになってしまうのでしょうが、リチャードとエリーズの悲恋物語というのが本筋でありましょう。
 実は、時空を超える手段としてタイムマシンの類は登場しません。
 まさに、恋する男の一念岩をも通す。リチャードの涙ぐましい努力は、作中でご覧になってください。
 
 さて、ラフマニノフが、「パガニーニの主題による狂詩曲」を発表したのは、1934年のこと。
 リチャードとエリーズが出会うのが1912年ですから、1980年から遡って飛来した未来人?リチャードが鼻歌で唄うラフマニノフの同曲は、エリーズにとっては未知の曲だったということになります。
 映画には描かれておりませんが、やがて発表された同曲を聴くことになるエリーズの驚嘆は想像に難くありません。
 タイムトラベル特有のこういった「矛盾」が、後々「筋が通る」鍵にもなるというパターンはよくありますが、ストーリーの整合性がとれた途端の爽快感はやっぱりたまりません。
 本作では、それをラフマニノフに設定しているあたりが心憎いわけです。

 リチャードを演じるのは、あのクリストファー・リーブ。
 1995年、落馬によって事実上役者生命を絶たれる障害を負ってしまったことが悔やまれる溌剌とした演技が光る本作や、名優マイケル・ケインと渡り合った良質なサスペンス「デストラップ」を観るにつけ、彼がただの肉体派のスーパーマン俳優に甘んじる器でなかったことがよくわかります。

 本作のロケ地は、そのほとんどが、アメリカ、ミシガン州ヒューロン湖に浮かぶリゾート地マキノ―島。

 リチャードとエリーズが出会う19世紀の面影たっぷりのホテルは、それもその筈、マキノー島に実在する1887開業の木造建築ホテルです。

 そして今や、「ある日どこかで」にちなんだイベント「Somewhere in Time(本作原題) Weekend」が毎年開催される本作を熱狂的に愛するファンにとっての聖地でもあります。

 いつものように夜7時からスタートです。
 お楽しみに。

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 ”好きな映画がロードショー公開された季節感を追体験してみたい”シリーズ!
 というわけで、今夜のアルック座は、「ノーマ、世界を変える料理」。
 1年前の2015年11月に公開(デンマーク)されました。

独創的な料理の数々で世界から注目を集めるデンマーク、コペンハーゲンの人気レストラン「NOMA(ノーマ)」のオーナーシェフ、レネ・レゼピを追ったドキュメンタリー。英レストラン誌が選出する「世界ベストレストラン50」で2010年から3年連続1位に輝いたものの、2013年に2位に転落した同店が、第1位への返り咲きを目指す4年間の記録。(映画.comより抜粋)

 レストラン業界のアカデミー賞とも評される「世界ベストレストラン50」。
 その影響力たるや、国家の観光競争力ランキングをも押し上げるといわれ、今やトップシェフたちがミシュランの格付け以上に意識する「番付」になっているとのこと。
 本作の主人公は、そのランキングにおいて、3年連続1位に輝いたレストランのカリスマシェフであります。
 レストラン業の裏側を描いたドキュメンタリーとしては、やはり、世界の料理業界に多大なるインパクトを与えたスペインの今は亡きエル・ブリに潜入した「エル・ブリの秘密」がありますが、食事を提供することを生業にしている端くれとしては、この「ノーマ」もまた、大いに面白く観ることができました。
 両作を比較すると、「エル・ブリ」がレストランのラボラトリー然とした無機質なバックヤードを執拗にカメラで追いかけていたのに対して、「ノーマ」は加えて、スターシェフ、レネの人間像を、彼自身や彼の家族、そして食材提供者等へのインタヴューから浮彫にしてみせます。
 32歳という若さで頂点に立ってしまった自分自身のことを、「嫌な男に成り下がってしまった」と断ずるレネ。
 ノーマが掲げたスカンジナビア限定の食材を使ったレシピの創造というコンセプトは、北欧の料理人たちに徐々に伝播していき、食のトレンド「ニューノルディック・キュイジーヌ」の開花に至りました。そんな北欧における華やかなる食の革命の裏側に、マケドニアにルーツをもつ一人の男の苦悩の道程があったことを本作は実直に告白しているわけであります。

 ちなみに、レネ・レぜピは、「世界ベストレストラン」1位に5度輝いたエル・ブリのOB。
 現在の北欧料理界の隆盛を予言したのは、エル・ブリ料理長、フェラン・アドリアその人であったといいます。

 いつものように夜7時くらいから始めます。
 お楽しみに。

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